中小企業の法律相談
福岡の弁護士、近江法律事務所が提供している法律コラムです。
契約書作成のすすめ
【1】契約書を作成するのは面倒
契約とは、当事者間の意思の合致で成立するもので、口頭であっても、契約は成立します。
例えば、A社の仕入担当のaさんがB社の売買担当のbさんに電話した場合を考えてみましょう。
a:「○○を至急一〇〇ケース用意して欲しいのですが。」
b:「わかりました。一ケースが五万円で、五〇〇万円になります。」
a:「一〇〇ケースも注文するのだから、まけてくれませんか。」
b:「では、四五〇万円ということでどうでしょうか。」
a:「それでお願いします。」
これも○○という商品の売買契約が成立したといえます。
時間にしてわずか三分、楽なものです。
これが、契約書を作るとなると大変です。いろいろな条項を考えなくてはならないし、それを社長に確認してもらって了解をもらわなければいけないし、相手に見せて検討してもらわなければならないし、了解が得られなければ、再度社内で検討しなくてはならないし、お互いが了解しても、社長に報告して印鑑をもらわなくてはならないといったように、実に面倒な訳です。
特に、A社とB社が長い取引関係にあると、「あそことは信頼関係があるので、紛争になることなどないから、わざわざ契約書を作るまでもない。」と考えてしまうことも、わからないではありません。
しかし、それで良いのでしょうか。
口頭契約の落とし穴
先ほどの事例で考えてみましょう。
1.口頭は曖昧になりがち
bさんは、aさんの注文に従って、商品を納入すべく手配しておりましたが、三日後にaさんから「至急と言っていたのに遅すぎる。もうキャンセルする。」という電話がかかってきました。
これに対し、bさんは、「至急といっても、普通は一週間くらいを考えるでしょう。それにもう商品の手配を進めているのでキャンセルなんかできませんよ。」と応じます。
トラブルの発生です。
納品時期が明確ではなかったために生じたトラブルです。我々も口頭では「至急お願いします。」などとよく言うものです。しかし、もし契約書を作成していたならば、「至急」などと曖昧な表現は使わず、「○月○日」と明確にしていたでしょう。
2.「言った言わない」の紛争
aさんは、B社からの請求書を見てびっくりしました。五〇〇万円の請求書だったのです。
そこでaさんは、早速bさんに電話し、「四五〇万円という話だったじゃないですか。」と抗議します。
これに対しbさんは、「そんなことは言ってないですよ。ちゃんと一ケース五万円で、五〇〇万円と言っていますよ。うちは一〇〇ケース注文だからといって安くはしていませんから。」と反論します。
トラブルの発生です。
注文時のやり取りでは、確かにbさんは、「四五〇万円」と言っているのですが、電話でのやり取りなので、aさんとしても明確な証拠がありません。第三者から見れば、どっちが本当のことを言っているのかわかりません。契約書を作成していれば、「四五〇万円」ということは明確に記載されていたでしょう。
3.約束していないことは民法や商法の原則に従うことに
bさんは、納品の準備を進めているうちに、B社では代金の支払を確認してから納品することにしていたことを思い出しました。
そこで、bさんは納品前に代金は先払いしてほしいとaさんに連絡しました。
しかし、aさんは「売買代金は商品と引換が原則なので、先払いはできない。」と言ってきました。
トラブル発生です。
aさんの言うとおり、売買代金は商品の引渡と引換というのが、民法の原則です。民法の原則では、商品の引渡がない限り、代金の支払を拒めるのです(これを同時履行の抗弁と呼んでいます)。もっとも、この民法の原則は、当事者が合意することで排除することができます。B社の代金先払いというのも、合意をしていれば、効力が認められるのです。しかし、本件ではbさんは注文をうけたときにそのことを言っていなかったので、民法の原則通りにしかなりません。契約書を作成していれば、代金の支払時期の箇所で当然先払いのことを思い出して、条項に入れていたことでしょう。
4.契約の相手方は誰?
bさんは、指定場所に商品を納入後、A社に請求書を出しましたが、A社はそんな取引は知らないと言ってきました。
当然aさんは「bさんから確かに注文を受けていますよ。」と言います。しかし、A社からは「bはもうとっくに会社を辞めていますよ。おたくは騙されたのではありませんか。」と言われてしまいました。
トラブル発生です。
しかも大トラブルといっていいでしょう。
この場合、A社との間で売買契約の成立を認めるのは、難しいといわざるを得ません。bさん個人との契約として扱われてしまうでしょう。しかし、そんな詐欺的なことをするbさんですから、bさんからの回収は期待できません。契約書を作成していれば、代表者の印鑑が押されるのが通常でしょうから、偽造などの特別の場合を除き、まずこの手のトラブルはなかったでしょう。
契約書作成の意義
前記のトラブルは契約書を作成することにより回避できます。契約書は、当事者の権利や義務が明確になり、重大な証拠となり、民法等の原則を排除することも明らかにすることができ、契約が権限のある者と間で成立したことも証明してくれます。
確かに、契約書を作成することは、面倒なことではあります。今まで契約書を作成してこなかったのに、突然契約書を作成すると言い出しにくいというのも、理解できます。しかし、トラブルの可能性は常にあるのです。トラブルに費やす労力は大変もったいないと思います。トラブルを未然に防ぎ、その分、前向きなことに取り組んだ方が、企業にとってははるかに有益です。
継続的な仕入取引のような場合でも例外ではありません。個々の取引毎に契約書を作成する必要まではありませんが(それでも書面は残すべきです)、個々の取引の基本となる契約書を作成して、個々の取引はそれに従うとしておくべきです。
「あの会社は堅い」
これは、マイナス評価ではありません。企業の信頼性に結びつくことです。
企業のリスク回避のため、契約書の作成を是非心がけてください。
H15.04掲載