中小企業の法律相談
福岡の弁護士、近江法律事務所が提供している法律コラムです。
賃貸物件の建替えと立退料
【耐震改修の促進と立退問題】
平成25年11月、建築物の耐震改修の促進に関する法律の改正法が施行され、一定の建物の所有者には、耐震診断が義務付けられ、診断結果が公表されることになりました。
対象となるのは、病院や店舗、旅館等の不特定多数の者が利用する建築物のうち大規模なものや、一定以上の危険物を知り扱う貯蔵場・処理場のうち大規模なもの、都道府県や市町村が指定する緊急輸送道路等の避難路の沿道に位置する建築物などです。
これにより、今後、多くの建物について耐震改修が進められることになりますが、場合によっては、改修工事では足りず、建替えが必要となるケースも出てくるものと思われます。改修工事よりも建替えの方が現実的で安上がりというケースもあるかもしれません。
建替えの場合に問題になるのが、テナントなどの賃借人の立退きです。立退きというと、「立退料」という言葉を思い出される方もいると思いますが、そもそも立退料とはいったい何でしょうか。
【立退料とは何か】
大正期ころから、賃貸借関係の終了に際して、地主や家主が賃借人に金銭を支払う慣行があり、これが立退料と呼ばれていました。
単なる慣行だった立退料は、その後、徐々に法的な権利義務の問題として捉えられるようになりました。
それは、大正期に制定された「借地法」「借家法」が、昭和16年に改正され、いわゆる正当事由制度が導入されて以降のことです。
戦地に向かう兵士が、借家や借地上建物で暮らす家族の住まいを心配しないで済むようにという配慮からの改正のようですが、これにより、契約期限が到来しても簡単に借地や借家が終了しないよう、解約申入れや更新拒絶に一定の正当事由が必要となりました。この正当事由の一つとして、地主・家主からの立退料の申出が考慮されるようになったのです。
戦後も住宅難が続いたことから、賃借人保護のために正当事由制度は維持され、地主・家主からは解約や更新拒絶がしづらい状況が続きました。平成3年成立の「借地借家法」においては、解約や更新拒絶に必要な正当事由の一つとして、「財産上の給付」すなわち立退料の支払を申し出たかどうかが考慮されると明文化されました。
つまり、立退料とは、地主・家主が賃貸借契約を終わらせようとするときに、法律上必要とされる正当事由の一つとして考慮される金銭給付ということになります。
もちろん、立退料以外にも「立退きを求める理由」そのものが正当事由として考慮されます。例えば、地主や家主が土地建物を返還してもらって自ら使用する必要性が高いとか、反対に賃借人は使用を継続する必要性が低い、賃借人に何らかの債務不履行があった、建物が老朽化している、などです。地主による土地の高度有効利用計画や、建物の耐震性が低いことなども、正当事由判断の一要素として考慮される場合があります。
このような「立退きを求める理由」が非常に大きければ、理論上は、立退料は不要となるはずであり、実際、建物の老朽化や借家人の使用継続の必要性が低いことなどを理由に、立退料ゼロでの解約を認めた裁判例も見られます。しかし、現実には「立退きを求める理由」を補強する趣旨で、多少なりとも立退料を認めることがほとんどのようです。
なお、賃貸借契約書に「借家人は理由の如何を問わず立退料を請求できない」というような条項が挿入されていることがあります。しかし、このような約定よりも借地借家法の規定のほうが優先されるため、この約定は無効となります。
【立退料の算定方法】
立退料は、正当事由を認定するための一つの要素にすぎないため、他の要素との兼ね合いがあり、一律に決まるものではありません。「立退きを求める理由」が大きければ立退料は少なくなり、小さければ立退料は多くなります。「立退きを求める理由」がほとんど無いために、立退料を提示しても契約終了とならない場合もあります。
また、早期決着を条件に立退料を上乗せするようなケースもあり、解決時期によって現実の立退料も変動します。
このように、立退料の目安をつけることは難しいのですが、賃借人が移転するための必要費や移転によって発生する損失の合計に、先に述べた他の正当事由の存在による減額を考慮して、話し合いで決めることが一般的です。具体的には、引越費用や別の場所で賃借するための敷金や仲介手数料、家賃差額分の補償、テナントの場合は営業補償・休業補償、移転広告費などの積上げにより算出されます。この営業補償については、公共の土地収用の際の補償基準を用いて算定されることが増えてきました。
また、裁判となると、借地権価格・借家権価格という経済的な価値を不動産鑑定士による鑑定等で算出し、これを前提に、やはり他の正当事由との兼ね合いで決定することもあります。借地権価格とは、借地人が借地を使用収益し、または処分することにより生ずる借地人に帰属する経済的利益を金銭に換算したもので、不動産鑑定評価基準によって算出されます。借家権価格は、借家建物とその敷地のそれぞれの価格に、契約の経緯や内容に応じた割合(土地に対する借地権価格、建物に対する借家権割合)を乗じて合計する方法により計算することが多いようです。
【立退料が発生しない場合】
既に述べたように、立退料以外の正当事由が十分に認められる場合には、立退料が発生しないことがあります。
また、立退料は、あくまで、債務不履行による契約解除事由が生じておらず、賃貸借契約関係には特に問題がない場合に検討されるものです。賃借人に債務不履行があり、例えば3カ月程度の家賃滞納があると、催告のうえで契約解除となる場合があります(もっと長期の家賃滞納となると無催告解除もありえます)。このような契約終了の際には、当然ながら立退料は生じません。
さらに、契約時に、定期借地制度や定期建物賃貸借制度等を利用することにより、正当事由がなくても、期間満了により賃貸借契約関係を終了させることができます。将来的に建替えの可能性のある物件について、新規に賃貸借契約をする場合には、賃貸人としては、このような制度を利用することも検討すべきでしょう。
H26.4掲載