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時効が完成した債権の回収 ~時効完成後の一部弁済による時効封じの可能性~

1 消滅時効と債権管理

ご承知のとおり、貸金や売掛金等の債権には、消滅時効というものがあります。権利行使ができるときから法律で定められた一定の期間を経過してしまうと、債務者の時効の主張(これを「援用」といいます)により、債権が消滅してしまうという制度です。

債権の時効期間は、一般的には10年ですが(民法167条1項)、株式会社の債権などの商事債権は5年ですし(商法522条)、商品の売買代金は2年(民法第173条)など、いろいろです。

時効の進行をストップ(中断)させるには、裁判などの法的手続で請求したり、やはり法的手続である差押手続をしたり、債務者に債務の承認をさせなくてはなりません(民法147条)。

したがって、債権を管理するうえでは、時効で消滅してしまわないように、債権に応じた時効期間を把握した上、その期間が経過する前に、上記の中断措置を取るようにするということになります。

時効が完成した債権の回収

2 時効完成後の対策としての一部弁済

しかし、残念ながら中断措置も取られないまま時効期間が経過してしまうということもあります。そのような場合は、もはや債権回収はできないかといえば、そういうわけでもありません。

先にも述べたように、消滅時効は債務者がそれを主張(援用)することによって効果が発生するものです。つまり、債務者が消滅時効を主張しないのであれば、債権は回収できるのです。

しかも、時効期間経過後に債務者が債務を承認した場合は、もはや時効の援用ができなくなるという最高裁昭和41年4月20日判決があります。債務者が時効完成を知っていたかどうかにかかわらず、時効期間満了後に債務を認めたのであれば、債権者としてはもはや時効を言い出すことはないであろうと信用するはずで、その信用を保護して、時効主張を許さないとするのが信義則に照らして相当であるというのです。

そこで、この最高裁判決の考え方から、万一時効期間が経過してしまったときは、「何とか債務を承認してもらおう」ということになります。債務の承認とは、債務の存在することを債務者が認めることですが、証拠を残しておかないと、結局は水掛け論となって、時効主張を許してしまうことにもなるので、まずは債務を承認する書面を作成してもらおうということになります。しかし、何といっても時効が完成するまで裁判もせずに放置されていた債権ですから、突然そのような書類に署名や捺印がもらえるとも限りません。そこで、債務の一部についてでも弁済を受けられれば、それは債務全体の存在を認めたという意味に捉えられるのではないかとなってくるわけです。

確かに、債務の一部の弁済をするという行為は、債務全体の存在を認めた上で、その一部を支払うという趣旨であることが多いでしょうから、通常は債務の承認とみてもいいのでしょう。したがって、一部弁済を受けるというのは、時効完成後の対策となるもので、とりわけ債務者が法人の場合にはかなり効果的なものになるといってもいいでしょう。

3 一部弁済は時効封じに絶対的か?

もっとも、消滅時効の主張をさせないことを狙いとして、一部弁済を受けるというのは、ともすると「わずかな金額でもいいから、何とか適当なことを言って弁済を受ける」ということになってしまう可能性があります。

債務者に対し、威圧的な言動で請求し、とにかく5,000円だけを回収したというような場合や、一部弁済してもらえれば残りは請求しないなどと欺瞞的な方法で一部弁済を受けるという場合も出てくるかもしれません。

このような場合は、債権者の「もはや時効主張はしないであろう」という信頼を信義則に照らし保護しようという前記の最高裁判決の論理から外れるでしょう。実際にそのような事案で、消滅時効の主張を認めた裁判例もあります。

また、最近では、時効完成後の一部弁済に至る請求方法が必ずしも威圧的や欺瞞的ではない場合でも、債務者の消滅時効の主張を認める裁判例(宇都宮簡裁平成24年10月15日判決)も出るようになりました。

その事案は、残元金30万円の貸金債権について時効が完成した後に、債権者は督促状を送りつけ、さらには自宅に訪問して一括払いの請求を行い、2,000円を回収したうえ、早期返済計画を立てることを求め、翌日には債務者が1万円宛の分割払いの申出をしたが、債権者がこれを拒否したというものでしたが、判決では次のように言っています。

「時効完成後の原告(注:債権者)の行動は、被告(注:債務者)が時効制度等に無知であること、一括払いの請求に対して多くの多重債務者が分割払いの申出をするとともに僅かな金銭を支払うことによりその場をしのごうとする心理状態にあることを利用し、被告がこのような申出をした場合には、一括払いの請求を維持しつつも弁済方法について再考を促して分割弁済に応じてもらえるかもしれないとの期待を与えて申出に係る僅かな金銭を受領することにより一部弁済の実績を残すこと、その後被告に分割弁済の申出をさせることにより残債務の存在を承認したと評価できる実績を残すことを意図したものであると認められる。」

そのうえで、「従業員の訪問時に被告が支払った2,000円は、本件貸付金30万円に対する毎月の約定弁済金1万2,000円と比較して6分の1の金額にすぎず債務の弁済としての実質をなしているとは認めがたい」、「その後全く弁済が行われていない」、「被告の分割弁済の申出に対して原告が当初から応ずる意思がなかった」などの事情から、「原告と被告間に、もはや被告において時効を援用しないと債権者が信頼することが相当であると認め得る状況が生じたとはいえない」としたのです。

要するに、個人など法的知識に乏しいことに乗じて、時効援用をさせないことを狙いすぎた不自然な一部弁済では、消滅時効の主張を阻止できないことがあるということです。やはり、時効期間が経過するまでに裁判など適切な中断措置をとることが肝要ということでしょう。

H26.9掲載

※掲載時点での法律を前提に、記事は作成されております。