中小企業の法律相談

福岡の弁護士、近江法律事務所が提供している法律コラムです。

スタートアップカフェで活用される雇用指針

「雇用指針」とは

平成26年11月26日に、TSUTAYA BOOK STORE TENJIN 3階 (福岡市中央区今泉1丁目20番17号)のスタートアップカフェに、「雇用労働相談センター」が設置されました。

雇用労働相談センターは、国家戦略特別区域法(平成25年12月13日法律第107号)に基づき、福岡市グローバル創業・雇用創出特区に設置されたもので、同センターでは、新規開業直後の企業や海外からの進出企業などが、採用や解雇といった日本の雇用ルールを理解して、個別労働関係紛争を生じることなく、円滑に事業展開できるよう、一般的な労働関係法令などに係る相談支援や、弁護士による高度な専門性を要する個別相談対応、弁護士による個別訪問指導などの支援などが行われます。

スタートアップカフェで活用される雇用指針

その雇用管理や労働契約事項に関する相談対応等にあたっては、厚生労働省が作成した「雇用指針」が活用されます。雇用指針は、国家戦略特別区域法第37条第2項に基づき労働関係の裁判例を分析・類型化したもので、労使関係者の意見を踏まえつつ、国家戦略特別区域諮問会議の意見も聴いて作成された指針です。

雇用指針は、新規開業直後の企業や海外からの進出企業などが、紛争を未然に防止する目的で活用することを想定していますが、既存の企業においても活用できる内容となっています。

「内部労働市場型」と「外部労働市場型」

雇用指針で一番に目を引くのは、裁判例の分析の総論において、典型的な日本企業に多くみられる「内部労働市場型」の人事労務管理と、外資系企業や長期雇用システムを前提としない新規開業直後の企業に多くみられる「外部労働市場型」の人事労務管理の相違を考慮して裁判所が判断する事例があることなどを指摘している点です。

典型的な日本企業に多くみられる「内部労働市場型」の人事労務管理としては、

  1. 新規学校卒業者の定期採用、職務や勤務地の限定なし、長期間の勤続、仕事の習熟度や経験年数等を考慮した人事・賃金制度の下での昇格・昇給
  2. 幅広い配転や出向
  3. 就業規則による統一的な労働条件の設定
  4. 景気後退に際し、所定外労働の削減、新規採用の縮減、休業、出向等による雇用調整

雇用終了の場合は、整理解雇の前に早期退職希望者の募集等を実施といった特徴が指摘されることが多いとしています。

他方、外資系企業や長期雇用システムを前提としない新規開業直後の企業に多くみられる「外部労働市場型」の人事労務管理としては、

  1. 空きポスト発生時に社内公募又は中途採用を実施、長期間の勤続を前提としない、職務給の実施
  2. 職務が明確、人事異動の範囲が狭い
  3. 労働者個人毎に労働契約書で労働条件を詳細に設定
  4. 特定のポストのために雇用される労働者について、ポストが喪失した際には、金銭的な補償や再就職支援を行ったうえで解雇を実施

といった特徴が指摘されることが多いとしています。

もちろん、以上の整理は一般論であり、例えば、「内部労働市場型」の企業であっても、部門やポストによっては「外部労働市場型」に近い人事労務管理を行う場合があり、必ずしも二者択一の概念ではないことも指摘しています。

そのうえで、雇用指針は、

  1. 「内部労働市場型」の人事労務管理を行う企業については、使用者が行った配転や出向が人事権の濫用に当たらないとされるケースが多く、一方で、解雇に当たっては幅広く配転等の回避努力が使用者に求められる傾向があること、
  2. 「外部労働市場型」の人事労務管理を行う企業においては、解雇に当たって金銭的な補償、再就職の支援(退職パッケージ)を提供する場合には、使用者に対して、幅広い配転等の解雇回避努力が求められる程度は、「内部労働市場型」の人事労務管理を行う企業と比べて少ない傾向があること

などを指摘しています。

基本的に「内部労働市場型」の人事労務管理を行っている企業においても、中途採用(特に管理職や高度専門職の採用)などにおいて、「外部労働市場型」の人事労務管理を行う場合には、上記「外部労働市場型」における傾向が当てはまることとなりますので、参考にできるでしょう。

「外部労働市場型」における能力不足等による解雇

労働関係紛争が生じやすい解雇のうちでも特に問題となりやすい「能力不足・成績不良・勤務態度不良・適格性欠如による解雇」についてみると、裁判例では、上級の管理者、技術者、営業社員などが、高度の技術・能力を評価、期待されて特定の職務のための即戦力として中途採用されたが、期待した技術・能力を有しなかった場合については、比較的容易に解雇を有効と認める事例があると指摘しています。

「外部労働市場型」における能力不足等による解雇にかかる紛争を未然に防止するためには、

  1. 当該労働者の担う職務や果たすべき職責、職務の遂行や職責に必要な能力を労働契約書等にできる限り具体的に記載すること、また、記載された職務・職責を果たせない場合には、解雇することがありうることを記載すること
  2. 定期的に業績評価を行い、その内容を労働者に通知すること
  3. 地位、功績、雇用期間その他の事情に応じて一定の手当を支払うこと

などが考えられるとしています。

「外部労働市場型」における整理解雇

「外部労働市場型」における整理解雇による紛争を未然に防止するためには、

  1. 経営上の理由や組織の改編等による人員削減やポストの廃止など、労働者の責めに帰すべき事由以外の事由により解雇する場合があることを労働契約書等に明記すること
  2. 地位、功績、雇用期間その他の事情に応じて相応の退職パッケージの提供を行うことなどが考えられる

としています。

「外部労働市場型」において紛争を未然に防止するには

既存の企業においても、中途採用(特に管理職や高度専門職の採用)などにおいて、「外部労働市場型」の人事労務管理を行う場合には、

  1. 当該労働者が従事する職務や果たすべき職責、期待する業績等をできる限り具体的に労働契約書等に明記すること
  2. 労働条件(時間外手当の支払い方法、報酬に時間外手当が含まれる場合はその旨)を明記すること
  3. 定期的に業績評価を行って労働者に通知し、業績に問題があれば予めそのことを指摘すること
  4. 地位、功績、雇用期間その他の事情に応じた一定の手当の支払いをすること
  5. 解雇することがありうる場合をできる限り具体的に明記すること
  6. 解雇する場合には予告期間を置くとともに、金銭的な補償、再就職の支援(退職パッケージ)を提供すること

などすれば、紛争の未然防止を図ることが可能です(ただし、就業規則と労働契約の整合性を図る必要があることには留意してください。)。

雇用指針活用のすすめ

雇用指針は、行政が、中立的かつ分かりやすく労働関係の裁判例を分析・類型化したものであり、他に類をみません。個別の紛争全てに活用できるものではありませんし、労働関係法令を網羅したものでもありませんが、紛争の未然防止の観点からは、大変参考になるものです。

新規開業直後の企業や海外からの進出企業だけではなく、既存の企業においても、是非、活用してみてください。

H26.12掲載

※掲載時点での法律を前提に、記事は作成されております。