中小企業の法律相談
福岡の弁護士、近江法律事務所が提供している法律コラムです。
商標法改正~「動き」「音」「位置」なども対象に~
1 はじめに
平成26年5月14日に商標法が改正され、これまで文字や図形、記号など形あるものに限定されていた商標の対象に、新たに、「音」「色彩」「動き」などが加わりました。
改正商標法は平成27年4月1日に施行され、同日、特許庁が新商標の出願受付を開始しましたが、新聞報道によれば、出願数は同日だけで170件を超えたようです。例えば、大幸薬品は「正露丸」のCMで流れるラッパのメロディーの商標を出願し、久光製薬はCMで使っている効果音(「ヒ・サ・ミ・ツ♪」)の商標を出願したとの報道がありました。
このように大手企業がこぞって登録を急ぐ商標とはそもそもどのようなものなのでしょうか。そして、商標登録すること自体にどのような法的効果があるのでしょうか。
そこで、今回は、まず商標の意義や商標登録することの効果等をお話しした上で、改正商標法の内容についてご説明したいと思います。
2 「商標」とは
商標とは、一言で言えば、事業者が、自社の取り扱う商品・サービスを他社のものと区別するために使用する識別標識です。
例えば街に買物に行って商品を購入したりサービスを利用する際、消費者は、その商品やサービスに付けられた「マーク」や「ネーミング」といった「商標」を一つの目印として選んでいます。そして、消費者がその商品やサービスを安心して購入・利用できる背景には、事業者が営業努力によって商品やサービスに対する信用を積み重ね、商標に「信頼できる」「安心」といったブランドイメージを付加してきたという経緯があります。
このように、商標は、商品やサービスの顔として重要な役割を担っており、このような商標を守るのが「商標権」という知的財産権です。
3 商標を登録する効果(商標権の効力)
商標登録がなされると、商標権者は、特定の商品又はサービスについて登録商標を使用する権利を専有します(専用権、商標法第25条)。
また、他人による類似範囲の使用を排除することができ(禁止権、商標法第37条)、権利を侵害された場合には、権利侵害者に対し、侵害行為の差し止めや、損害賠償等を請求することができます。
4 商標法改正の経緯
改正前の商標法は、「商標」の対象を「文字、図形、記号もしくは立体的形状若しくはこれらの結合又はこれらと色彩との結合」に限定していました。
そのため、改正前は、自社の商品・サービスに使われている文字や図形などの特定の標識に関するものしか商標として登録することができませんでした。
しかし、近年のデジタル技術の急速な進歩や、商品・サービスの販売戦略の多様化に伴い、事業者が、文字や図形だけでなく、色彩のみや音等を商品・サービスのブランディングに用いる例が増え、そうしたものも商標として保護して欲しいというニーズが徐々に高まっていました。
また、諸外国では、既に色彩のみや音といった「新しい商標」を既に保護対象としていたため、日本企業が諸外国において出願や権利取得を進めるケースが増えているという実情もありました。
こうした国内における「新しい商標」の保護ニーズの高まりを受けて、今回、商標法が改正され、「動き」「ホログラム」「色彩のみ」「音」「位置」という5つの分野についても商標登録することができるようになったのです。
5 「新しい商標」の具体的内容
ここで、5つの「新しい商標」について、特許庁のHPの記載等をもとにご紹介します。
- 「動き」
文字や図形等が時間の経過に伴って変化する商標です。
例えば、テレビやコンピューター画面等に映し出される変化する文字や図形等がこれに当たります。 - 「ホログラム」
文字や図形等がホログラフィーその他の方法により変化する商標です。
例えば、クレジットカードの表面に付されたホログラム等がこれに当たります。 - 「色彩のみ」
単色又は複数の色彩の組合せのみからなる商標(これまでの図形等と色彩が結合したものではない商標)です。
例えば、トンボの「MONO消しゴム」の青・白・黒の配色や、ティファニーのロビンエッグブルー等がこれに当たります。 - 「音」
音楽、音声、自然音等からなる商標であり、聴覚で認識される商標です。
例えば、CMなどに使われるサウンドロゴ(前述した久光製薬の効果音(「ヒ・サ・ミ・ツ♪」))やパソコンの起動音等がこれに当たります。 - 「位置」
文字や図形等の標章を商品等に付す位置が特定される商標です。
例えば、久光製薬のサロンパスのデザイン、IBM社(現レノボ)のコンピュータキーボード上の赤色のカーソルコントロールデバイス等がこれに当たります。
6 商標法改正の影響
商標法改正により、以上のような「新しい商標」に関しても、商標登録を行えば商標権が発生し、専用権や禁止権が認められることになりましたし、侵害行為の差し止めや損害賠償といった権利行使も可能になりました。
また、日本でも「新しい商標」について出願可能になったことにより、日本の事業者が、各国に個別に商標登録をしなくても、日本の特許庁を通じた国際事務局への出願により、複数国へ一括出願できるという実益も生まれました(マドリッド協定議定書に基づく手続)。
これらの効果は、事業者に、これまで以上に多様なマーケティング・広告宣伝手法をもたらすでしょう。
一方で、商標権については、著作権と違って、登録の有無を事前に確認できますから、偶然似てしまったという言い訳が通用しないので注意が必要です。そのため、事業者としては、自分が使おうとする「動き」や「音」等が、他人の登録商標と類似していないか必ず事前に確認しなければなりません。
7 最後に
今後は、視覚や聴覚だけに止まらず、欧米のように、味覚、嗅覚、触覚も商標法の対象になってくるのではないかという見方もあるようです。
今後の動向にかかわらず、事業者としては、営業努力によって商品やサービスに対する信用を積み重ね、商標に「信頼できる」「安心」といったブランドイメージを付加すること、そして不用意に第三者の商標権を侵害しないよう配慮することが、より一層求められることは間違いないでしょう。
H28.4掲載