中小企業の法律相談

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肩書だけの名目的取締役の責任・肩書のない実質的経営者の責任

取締役の対第三者責任

株式会社の取締役は、会社に対して責任を負うだけでなく、取締役という特別の地位にあることで、会社以外の第三者に対して直接に損害賠償責任を負うことがあります。「取締役の対第三者責任」と呼ばれ、会社法429条1項(旧商法266条の3第1項)に規定されています。

例えば、取締役が放漫経営をしたことによって会社が倒産し、そのために取引先が売掛金を回収できなくなったという場合には、その取締役は、取引先に対して直接に責任を負います。また、例えば、取締役が、欠陥商品であると知りながら販売を中止しなかったことによって、直接に購入者(=第三者)に損害を負わせた場合には、その購入者に対して直接に責任を負うことがあります。

肩書だけの名目的取締役の責任・肩書のない実質的経営者の責任

会社経営において、一切の判断ミスを排除することはできません。相当の注意を払っていても、どうしようもない、抑止できない事態が生じる可能性は常にあります。そのような場合には、この対第三者責任は発生しません。

他方、普通のミスではなく、悪意や重過失による任務懈怠のために、会社経営を破綻させて取引先の債権回収を不能にしたり、直接に第三者に損害を与えたりした場合に発生するのが、この「取締役の対第三者責任」です。

肩書だけの名目的取締役でも責任を負うことがある

形だけの取締役だから何も仕事をしなくてよいと言われて、肩書だけ取締役になるというケースがあります。会社経営者に信用がなく、そのままでは取引ができないということで、資力や信用を有する地元の名士や親族、取引先の関係者などが、名義だけ株式会社の取締役に就任して、対外的な信用補完をすることがあるようです。こういう縁故による第三者役員は、経営には口を出さない代わりに、いっさい対外的責任も負わないという内部的な約束のもとで、役員名義だけを貸すということがまま見られます。

このような名目的取締役でも、対第三者責任を負うことがあります。名目だけとはいえ、取締役という地位にある以上、経営陣の業務執行や会計処理等に対して責任をもって監視をしなくてはなりません。そのような義務に違反して第三者に損害を与えたような場合には、責任が肯定されることがあるのです。それは対外的責任を負わないという内部的な約束があっても同じです。

有名な古い最高裁判例のケースでは、ある会社の代表取締役Aが、取引先B社のC代表取締役から、取締役として名前だけ貸してほしいと頼まれて承諾し、株主総会の選任決議を経て取締役に就任し、登記もなされました。B社の経営はCの独断専行でなされており、Aは経営にはノータッチでした。B社は莫大な負債を抱えており、倒産は時間の問題で、到底代金を支払える見込みはなかったのですが、Cは、B社の代表として高額の商品を買い入れ、その直後、B社は手形の不渡りを出して倒産してしまったのです。売掛金を回収できなかった取引先が、Aを訴えました。最高裁は、取締役は代表取締役の業務執行の全般について監視しなければならず、必要があれば代表取締役に対し取締役会を招集することを要求するとか、自ら招集するなどすべきで、取締役会を通じて業務執行が適正に行われるようにする職責があり、これは社外役員・名目的取締役であっても同様であるとして、そのような職責を尽くさなかったAの責任を認めました(最高裁昭和55年3月18日第3小法廷判決)。

このように、取締役という肩書を持っているというだけで、特別な対第三者責任がつきまとうのです。

注意しなければならないのは、この対第三者責任は、社外取締役のいわゆる責任限定契約によっても限定することができないことです。社外取締役は、会社の業務内容や関連する取締法規、会計内容を十分に理解したうえで、内部統制システムの構築・運用状況を取締役会で報告させるなど、積極的に経営を監視し、社外取締役としての職責を果たすことが重要です。

取締役の肩書のない実質的経営者が責任を負う?

では、反対に、取締役の肩書がなければ、実質的に取締役と同じような影響力を有していても、この対第三者責任を負うことはないのでしょうか。

先ほどの最高裁判例が、取締役という特別の地位にあること、つまり肩書を重視して特別の責任を肯定していることからすれば、取締役という肩書さえなければ、この特別な対第三者責任を負わないように思われるかもしれません。

しかし、実は、下級審では、正式には取締役の地位になくても、実質的には取締役と同じ立場にあったとして、会社法429条1項(旧商法266条の3第1項)を類推適用して対第三者責任を認めたものが複数あるのです。

大阪地裁平成23年10月31日判決は、Z社の支配株主であり代表取締役であったYが、取締役を辞任し退任登記を経た後も、支配株主として影響力を有しており、実質的に会社経営を支配していたケースで、Yは事実上の取締役であったと認定し、このようなYは、Z社の過当営業行為を防止するための社内体制の構築その他適切な措置を講ずべき職務上の注意義務を負っていたが、それを懈怠したとして、過当営業行為によって不適切な商品を購入させられた顧客に対する賠償責任を認めました。

また、名古屋地裁平成22年5月14日判決は、代表取締役の父親Pが会社の絶対的な支配者としてふるまい、会社の財産をすべて管理し、従業員の採用面接も行っていたというケースで、Pは事実上の取締役であったと認定し、Pが会社の預金口座から多額の現金を引き出した任務懈怠により会社の経営が破綻したものとして、取引先に対する賠償義務を認めました。

他にも同様の裁判例がいくつか出ています。他方で、肩書のない者に対する会社法429条1項の類推適用そのものに否定的な下級審裁判例もあります。

事実上の取締役の対第三者責任については、まだ議論が十分に深まっているとはいえず、実質的経営者がどのような場合に取締役と同様の責任を負うことになるのか明確ではありません。しかし、実質的経営者も対第三者責任を負う可能性があることを念頭に、任務懈怠により第三者に損害を与えることのないよう、適切な内部統制システムの構築を図るべきでしょう。

H28.2掲載

※掲載時点での法律を前提に、記事は作成されております。