中小企業の法律相談
福岡の弁護士、近江法律事務所が提供している法律コラムです。
弁護士の武器 弁護士会照会制度
はじめに
弁護士は、依頼者から様々な法律相談を受けます。アドバイスで済む場合から、訴訟を提起して解決をはからなければならないケースまで、紛争解決手段は様々です。さて、依頼事件の検討のため、弁護士が、法律や判例がどうなっているかを調べることは当然ですが、そもそも事実関係がどうなっているかを調査することも大切です。今回は、事実調査に大きな力を発揮する弁護士の武器「弁護士会照会」のお話しをしましょう。
Q 弁護士会照会とは何ですか?
弁護士会が役所や会社その他様々な団体に対し、照会して必要事項の報告を求めることが出来る制度です。弁護士法23条の2に規定されています。
まだ、ピンときません。
具体的にお話しをしましょう。
【ケース】
Aさん所有の土地がBに売られ、登記名義がBに移転した。しかし、Aさんは売った覚えがない。道楽息子のCが勝手にしたのではないかと疑われた。土地の移転登記手続きではAさんの印鑑証明書が必要である。そこで、移転登記手続きに使われた平成△年△月△日付けの印鑑証明書につき、誰がその交付申請手続きを行なったのかを調べてみることが必要となった。
Q 調べることが出来るのですか?
はい。印鑑証明書の交付を受けるにあたり、役所に印鑑証明書交付申請書を提出します。そこで、同申請書に記載されている交付申請者名を、役所に照会することができます。その回答を得ることにより、誰が交付申請を行ったかがわかるのです。
なるほど。
弁護士が、その所属する弁護士会に対し、〇〇市役所に対し、「平成△年△月△日付けにて印鑑証明書の交付がなされた件につき、交付申請があったのは、いつか。また、交付申請を行なったのは誰か」という照会をするよう、申し出るのです。弁護士会はこれに応じて、弁護士会長名で市役所に対し照会をし、市役所は弁護士会に対し、回答するのです。
Q これは大きな武器ですね。どうしてこのような武器が弁護士・弁護士会に与えられているのですか。
弁護士会紹介制度は、昭和26年の弁護士法改正により創設されたもので、長年にわたり、弁護士が受任事件について証拠を収集し、事実を調査して、その職務を全うするため有力な手段として、我が国の司法制度の中に定着しています。では、なぜ弁護士・弁護士会に限ってこのような制度が創設されたのか。それは、弁護士の職務が、基本的人権を擁護し、社会正義の実現を使命とする(弁護士法1条)ことにあることから、真実の発見と公正な判断を行なうことに必要欠くべからざるものと考えられたためです。その意味で、弁護士会照会制度は公共的性格を持つものといえます。
真実発見に寄与するものであれば、訴訟でも有力な武器になりそうですね。
そのとおりです。次のケースで見てみましょう。
【ケース】
A社がB社に対しお金を貸すにあたり、B社の社長の父Cからその所有する土地建物を抵当にいれる約束をとりつけ、Cの自宅(R市)で契約書を交わしたが、後日、Cは自分は承知していない、として争いとなった。裁判で、A社の担当者aは「Cさんの自宅に赴いた当日の夕方、庭木が雨で濡れていた」と証言したが、Cは「当日自分は自宅にいたが、雨など降っておらず、aが言うことは出鱈目だ」と証言し、真っ向から対立した。こうして、R市でその日の夕刻雨が降っていたかどうかが問題となったが、当日の新聞を見ても、「晴れのち曇りところにより雨」となっており、はっきりしない。
Q 新聞で調べてもわからなかったのですね。
はい。しかも新聞に載っている予報は、地域が広く、ピンポイントでの天候を知りたい場合、役にたちません。
「弁護士会照会制度」が使えるのですか?
そうです。気象台に問い合わせ、R市に最も近い気象観測所での1時間おきの降水量を照会することができます。
Q これも知りませんでした。それで結果はどうなったのですか。
気象台の回答を見ると、R市では確かに当日の夕方降水がみられたのです。そこで、裁判所は、aの言うことは信用できるが、他方、Cは責任を免れようとする態度が顕著でCの言うことは信用できない、と判断されました。
Q A社が勝ったのですね。ほかにも活用例がありますか。
最後に、もうひとつ例をご紹介しましょう。
【ケース】
専業主婦Aは会社員の夫Bと数年前から別居しており、家庭裁判所で、Bから毎月の生活費として15万円の支払いを受ける調停が成立していたが、先月から送金が途絶えた。Bと連絡も取れず、思い切って勤務先に問い合わせると、出向し他の会社に転籍したとのこと。転籍先を尋ねたが、「知っているが、口止めされている。またプライバシーだから教えられない」と言われた。
Q 転籍先がわかれば、Bが支払いを拒否しても、給与の差押ができますね。
そうです。調停調書に基づいて、差押ができます。
Q しかし、その前に勤務先がわからないと手続きがとれませんね。会社は転籍先を妻に対してさえ、答えられないというのですね。
こうした場合も弁護士会照会制度が役に立ちます。事件を受任した弁護士は弁護士会を通し、会社に「Bの転籍先を教示されたい」と照会することができ、会社はこれに答える義務があります。
Q 義務があるのですか?個人情報ではないのですか?
弁護士会照会に対しては、法律上、照会先は報告義務があるものと解され、これを明示する裁判例が有力です。個人情報保護法との関係では、「法令に基づく場合」として本人の同意を得ずして回答することに問題はありません。
Q 弁護士会照会を使うことが、権利を守るためにも有効ですね。
是非、弁護士にご相談ください。
H20.5掲載