中小企業の法律相談

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平成13年商法改正と取締役の責任

法改正前の状況

取締役が法令違反行為を行ない、これにより会社が損害を蒙った場合、取締役は会社に対し損害賠償義務を負います(商法266条1項5号)。その手続きは、通常株主が当該取締役に対し訴訟を提起するという形で行なわれており、これは株主代表訴訟といわれています(同267条)。

さて、この場合の損害額は高額に及ぶ場合が少なくありませんが、その場合裁判所に納める印紙額も高額となり(例えば、損害賠償請求額が1000万円の場合印紙額は5万7600円、1億円の場合は41万7600円)、なかなか訴訟は提起されませんでした。このように訴え提起に障害となっているのは費用問題があるからだとして、平成5年商法改正で一律印紙代は8200円と定められました。その結果思惑どおり、株主代表訴訟は急増しましたが、取締役等に対し求めてきた損害賠償金額も巨額なものが多発しました。

そのため、経済界から「こうした状況は経営マインドを必要以上に萎縮させる弊害をもたらす」との批判の声が出、「取締役等の責任の限定等を図る必要がある」との主張がなされるようになりました。このような声を背景に自民党及び経団連は責任制限の方向で検討を進めてきたのですが、さらに、大和銀行ニューヨーク支店を舞台とする違法取引及びこれに関連して行なわれた隠ぺい工作に関与したとされる取締役らにつき賠償責任が問われた事件で、法的責任が否定された取締役もいたのですが、ニューヨーク支店長であった取締役につき5億7000万ドルという巨額の賠償を認める判決が平成12年に出された(大阪地判平成12年9月20日)ことから、経済界は衝撃を受け、早急に法改正をしなければならないという要請が高まったのです。

平成13年商法改正と取締役の責任

責任制限に関する法改正の主内容

こうして、平成13年の法改正で取締役等の責任に一定の枠がはめられ、代表取締役にあっては報酬の6年分、社内取締役については4年分、社外取締役については2年分、監査役にあっては2年分とされました。

ただし、要件がありますので次にみていきましょう。

いかなる場合に責任制限が認められるのか

改正商法による取締役の責任の減免は、次のように行なわれます。
第1は株主総会そのものによって賠償額を減免する方法、第2は定款の定めにより取締役会の決議をもって減免する方法、第3は、社外取締役につき、定款の定めにより、契約によって賠償額の限度を定めておく方法です(ただし、社外監査役についてはこの方法は認められていません)。
第1の方法は事後的なもの、第2、第3は事前の方法です。

第1の方法をとるには、当該取締役が善意無重過失であると判断される場合に限られます。換言すれば故意による場合、重過失の場合は責任の減免は認められません。
さて、株主総会に議題として出すわけですので、事前に取締役会で議案として提出することが決定されねばなりません。この取締役会での議決要件は法に特に定めはなく通常決議で足ります。ただ、当該議案の総会への提出につき、大会社においては監査役全員一致の監査役会の同意決議が、中会社においては監査役全員の同意が必要です(取締役提出議案以外の形で責任免除議案が提出されると監査役の同意は不要、ということとなります)。小会社については監査役の同意は不要です。
こうして提出された責任減免議案については、責任原因事実、損害賠償額、責任限度額と算定根拠、責任を免除する理由と免除額を株主総会において開示する必要があります。
株主総会での決議は特別決議、すなわち、総株主の議決権の過半数を有する株主が出席し、その議決権の3分の2以上にあたる多数をもって決することが必要です。

第2の方法をとるには、まずもって定款の定めが必要です。既存の会社の場合定款変更の手続きが必要ですので、株主総会での特別決議を経る必要があります。
定款変更の議案を株主総会に提出する場合通常は監査役の同意は不要ですが、事柄の性質上通常と異なり、小会社の場合を除き必要とされ、大会社においては監査役全員一致の監査役会の同意決議が、中会社においては監査役全員の同意が必要です。
以上のように定款を変更した後、具体的な減免議案を取締役会に提出する場合において、監査役の同意が必要であり、大会社においては監査役全員一致の監査役会の同意決議が、中会社においては監査役全員の同意が必要で、小会社の場合は監査役の同意は不要です。

こうして、例えば、ある代表取締役について10億円の損害賠償責任が裁判所で認められても、その代表取締役が年収2000万円であればー退職慰労金はないとしてー6年分すなわち1億2000万円を支払えばよく、残金の8億8000万円については免除される、ということとなります。

改正法は機能するか

改正法は、その制定経過からわかるように評価は賛否両論ですが、そもそも立法推進者が期待するとおり機能するかについても、否定的意見があります。

総会決議によるにせよ、定款に基づく取締役会によるにせよ、減免の議決をいつ行なうのかを考えてみるに、例えば大和銀行のように従業員の不正行為によって会社に損害が発生したとして、担当取締役等に監督義務ないし監視義務違反があるとして株主代表訴訟が提起されるかもしれないからといって、提訴前に、責任原因事実、損害賠償額、責任限度額と算定根拠、責任を免除する理由と免除額を株主総会において示した上、「取締役らの義務違反によって○○億円の損害が会社に発生したが、取締役らには悪意重過失はなく、せいぜい軽過失であるからその責任を○億円まで減免する」といった決議などおよそできないであろう、というものです(河本一郎弁護士・元神戸大学教授)。取締役会で減免決議をする場合にも、以上のような事項を公告または株主に通知して異議の催告をしなければなりません。多数の実例のように取締役の善管注意義務違反が問題となっている複雑な事案で法廷外の総会や取締役会で上述の事実関係を明らかにするなど不可能だ、というわけです。さらに、責任を減免する判断をした各取締役の判断が間違っていたとして損害賠償を求められる危険もあり、際限がない事態も起こりそうです。

以上に対し、社外取締役の減免は機能するのではないかと言われています。

今後の実務でどのように取り扱われていくか興味深いところです。

H14.06掲載

※掲載時点での法律を前提に、記事は作成されております。