中小企業の法律相談
福岡の弁護士、近江法律事務所が提供している法律コラムです。
会社上司が送信したメールと賠償責任
はじめに
社内でメールをやり取りするのは常態化しているものと思いますが、部下に対して送信した上司のメールが思わぬ結果をもたらす場合もあります。
ケース
Yはある保険会社A社のセンター長です。Y所長は、部下のXに対し、もっと仕事に頑張ってくれないと困るなーと日頃から思っていました。他方Xは会社の査定に不満をもっていました。会社には考課制度があり、上から順に、U、S、G、A、B、C、Dの7段階で評価されるところ、Xの総合考課及び年間考課(賞与)は、平成10年・11年はA、12年はB、13年・14年はCで毎年のように下降していたのです。そこでXは会社を相手取り総合評価はGであることの確認、賞与・給与の差額を求める訴訟を提起していました。
さて、Xの直属の上司Bは、14年12月の事件処理件数が1件にすぎないことから、Xに檄をとばそうと思いました。Xの処理件数は、途中入社し、2年目の専門職のBでさえ、本年10月は31件、11月は28件を処理しているのに、Xの処理件数は10月は6件、11月は12件に過ぎなかったからです。BはXに、12月10日もっと頑張るように言いました。しかし、その後の状況はよくならなかったことから、12月18日、「・・・Xは処理件数が10件にすぎず、課長代理として全くの出力不足と言わざるを得ません。ペンディングも増える一方です・・・」というメールをY、X及びXが所属するグループの社員(十数名)宛てに送信しました。
そして所長のYは、次のような内容のメールをX及びXを含むグループに発信しました。なお、この部分は赤文字でポイントも大きな文字で書かれているものでした。
「意欲がない、やる気がないなら、会社を辞めるべきだと思います。当センターにとっても、会社にとっても損失そのものです。あなたの給料で事務職が何人雇えると思いますか。あなたの仕事なら、業務職でも数倍の業績を挙げていますよ。本日現在、〇〇10件処理。Bさんは17件。業務審査といい、これ以上、当センターに迷惑をかけないでください」
さて、何が問題となったでしょうか。
Xの言い分
Xは、Yによる本件メールは名誉毀損となると考え、Yに損害賠償として100万円を求めました。その理由は次のとおりです。
「このメールの内容は、Xがあたかも無能で会社に必要のない人間であるかのようにいうものである。YはXの上司であり、第一次査定者である。したがって、このメールを見たXの同僚らは、会社がXの能力を極めて低く評価しているという印象を与える。またメールは転送が容易であるから、Xの名誉を公然と毀損するものである。」
「また、本件メールはいわゆるパワーハラスメントとして違法である」
Yの言い分
これに対するYの言い分を見てみましょう。
「まず事実としてXの業務の低調さがあった。そこで、指導したが、改善されなかったので、直属の上司がメールを用いて指導した。こうした事実を踏まえ、YはXを直接指導する必要があると考え、叱咤激励及び勤務状況等に対する注意も加えて本件メールを送信したものであり、業務指導として行なったものであって違法性はない」
「メールの内容も、課長代理職に相応しい自覚、責任感をもたせるべく指導・叱咤激励したものであり、Xを無能で会社に必要のない人間であるかのように表現したものではない。またメールが転送された事実はなく、グループ内限りの業務指導であり、公然性がない。」
「本件メールは、上司がXの奮起を促すために送信したものであり、私的な感情に基づく嫌がらせ(ハラスメント)ではなく、逸脱していない」
東京地裁の判断
裁判所の判断はどうだったでしょうか。東京地裁は次のように判断しました。
「名誉毀損とは、具体的な事実を摘示して人の社会手信用を客観的に低下させることをいう。本件メールの内容はXの業務遂行状態に対する上司の評価であり、送信の相手方もXと同じグループの従業員であるから、Xの業務遂行状態は同僚として認識していたもので、Xの社会的評価を客観的に低下させる具体的な事実を摘示したものといえない。したがって、名誉を毀損したとはいえない」
「本件メールの表現は相当に過激である。特に口頭とちがってメールはニュアンスが介在しないだけに直接的な伝わり方をする。しかし、Yは成績があがらない原因をXの熱意の問題と捉え、解雇事由にあたることをほのめかしたものでなく、一時的な叱責の範囲と理解される。本件メールが業務範囲を逸脱したもので違法というには無理がある」
「XとYは考課過程で面接が行なわれ、緊張関係はそれなりにあったものと推認される。しかし、Yの私的感情に基づくものと認められる証拠はなく、業務成績の低下防止のため奮起を促す目的で送信したことは十分認められる」
「他の従業員に送信しているが、業務指導を行なう上司の裁量の範囲内であるといえ、Xの人格を傷つけるものとまで認メールことはできない」
以上のように判断し、東京地裁はXの請求を認めませんでした。
東京高裁の判断
これに対し、Xは控訴しました。東京高裁は、YがXを叱咤激励するという目的があったことを認めつつも、メールの内容につき
「退職勧告とも、会社にとって不必要な人間であるとも受け止られるおそれのある表現が盛りこめられており、これが従業員十数名にも送信されている」
「それ自体は正鵠を得ている面がないではないが、人の気持ちを逆撫でする侮辱的言辞と受け止められても仕方のない記載などもある」
「これらはあいまってXの名誉感情を毀損するものであり、送信目的が正当であったとしても、その表現において許容限度を超え著しく相当性を欠く」
として、Yの損害賠償責任を認め、5万円の賠償を命じました(東京高裁平成17年4月20日。上告不受理で確定)。
終わりに
本件は、裁判所で判断が分かれるほど微妙な事案だったと思います。また、金額としても僅少であったといえるでしょう。しかし、高裁で法的な賠償責任が認められたという事実は重いものがあります。心する必要がありますね。
H18.09掲載