中小企業の法律相談

福岡の弁護士、近江法律事務所が提供している法律コラムです。

意外と深刻な事業承継問題

【1】注目される中小企業の事業承継

世間ではいわゆる団塊の世代の退職問題が取り沙汰されておりますが、この問題は何も公務員や民間の会社員に限ったことではありません。

わが国の企業の九〇パーセントは中小企業で、その数は約四三〇万社にのぼると言われており、まさに日本経済を支える存在といえます。その中小企業のオーナー経営者も団塊の世代の方が多く、引退の時期を迎えつつあるのです。オーナー経営者の引退は、ともすれば廃業にも結びつきかねません。

中小企業の事業を継続していくためには、オーナー経営者自身が事業の承継方法を真剣に検討しておかなくてはなりません。

意外と深刻な事業承継問題

しかし、中小企業のオーナー経営者は、事業承継の問題を遠い将来のことと考えがちで、また親族内での軋轢が生じることを避けるために先送りにしたりと、なかなか対策が立てられていないのが現状のようです。

中小企業の事業承継は、優れた技術の承継、雇用の確保、さらには日本経済の健全で、継続的な発展にも結びついていくものです。そのような観点から、中小企業庁等を中心として事業承継協議会が設置され、各委員会が中間報告を発表したり、「事業承継ガイドライン」が発行されたりしております。中小企業の事業承継問題は、国レベルでの問題となっているのです。

【2】親族内での承継と留意点

中小企業の事業承継というと、まず思い浮かぶのは、子どもなど親族を後継者とする場合でしょうか。

親族内での承継であれば、後継者教育も計画的にできますし、相続等によりオーナー経営者の株式等の資産を移転することもできます。

しかし、相続人が複数いる場合などは後継者の決定にあたり、様々な配慮が必要になるでしょうし、株式等の資産も共同相続の現代においては、きちんとした対策をしておかないと後継者に集中させることができなくなってしまいます。

そのような対策をとるには、まず、オーナー経営者自身が株式等の資産を保有している必要があります。そのような状態となって初めて株式等の後継者への承継をコントロールできるようになるのです。しかし、実際には相続税対策のために親族間に株式を分散させてしまっているケースがあります。このような場合は、株式をオーナー経営者が買い取ったり、会社が金庫株として取得したり、取得条項付株式の活用をしたりして、株式を集中させておかなくてはなりません。もっとも、一旦分散した株式を再び集中することは実際にはかなりの困難を伴いますので、なるべく分散させないに越したことはありません。

オーナー経営者が株式を保有している場合は、生前贈与や遺言により後継者に株式等を取得させる方法があります。しかし、他の法定相続人には遺留分といって、最低限度の財産の取り分があり、これを侵害することはできません。もし、これを侵害してしまい、侵害された者が回復を要求すると、せっかくの生前贈与や、遺言がその範囲で効力が失われてしまうことになりますので、予めこの遺留分についてはきちんとした配慮をしておく必要があるのです。

また、平成一八年五月一日に会社法が施行されましたが、この会社法の相続人に対する会社の株式売渡請求の制度を利用して、後継者に株式を集中させたり、議決権制限株式等の種類株式を発行して、生前贈与や遺言と組み合わせ、遺留分に配慮しつつ、株式は分散しても後継者に議決権が集中する仕組みにする方法等もあります。もっとも、これを利用するには、現在の定款の変更をしなくてはなりませんので、少なくとも議決権の三分の二の賛成の確保が必要となることに留意しなくてはなりません。

いずれにしましても、後継者への株式や議決権の集中方策については、専門家への相談は不可欠といえるでしょう。

【3】従業員等への承継と留意点

中小企業の事業承継は、二〇年以上前は親族内の承継が九割を超えていたと言われています。しかし、最近は約六割に留まり、それ以外は親族外への承継となっているようです。

親族ではない後継者として考えられる一つに、会社の役員や従業員があります。

社内でいわば同じ釜の飯を食べてきた仲間を後継者とするのは、適切な後継者教育と結びつけることにより、事業の継続性を保つことができ、また役員や従業員のインセンティブにもなり、事業承継の方法としてメリットも多くあるでしょう。

しかし、親族の意向にはかなりの配慮をしておかないと問題が起こりえますし、後継者に株式等の資産を集中させるのも、相続等がある親族ではないために工夫が必要となります。MBO(マネジメント・バイアウト)といって後継者となる経営陣が、オーナー経営者などが保有する株式を買い取る手法がありますが、これなども親族ではない後継者に事業を承継させる場合、とりわけ経営陣に株式の買取資金が乏しく、金融機関の融資等を絡めるような場合には利用が検討されてよいでしょう。

【4】M&Aによる承継と留意点

前述のように約四割の中小企業が親族外に後継者を求めているのですが、従業員でもない全くの第三者に後継者を求めるM&Aも今後増えてくるものと思われます。現に、約四割の中小企業の経営者が後継者は決まっていないとしているアンケート結果もあるようで、こうなると広く後継者を求めることができるのは魅力的ですし、また、買い手にとっても、従業員を含め既存の営業資産を利用できるのは事業の拡張を狙う上では大変な魅力であり、M&Aのニーズはどんどん高まっていくでしょう。

とはいえ、オーナー経営者が自ら買い手を広く探すというのは無理です。多くの情報に接することは極めて困難であるためです。また、一口にM&Aといってもその具体的な手法はいろいろありますし、例えば全てを株式の譲渡代金としてではなく、役員の退職金の形で受け取るといった税務上の配慮も必要ですし、第三者との契約となるので法的な配慮も必要となります。

それらのことからすると、M&Aを行うには、専門的ノウハウを有する仲介機関への相談は必須といえると思います。最近では金融機関等もこの分野に積極的な関与を始めています。

そして、また言うまでもありませんが、自社が買い手にとって魅力的な企業であることがM&Aの不可欠の前提となります。会社売却のための準備は後ろ向きなものではなく、実は前向きな作業と捉える必要があるのです。

H19.03掲載

※掲載時点での法律を前提に、記事は作成されております。