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賃貸借契約の中途解約における違約金条項の有効性

賃貸借契約は、大抵の場合期間が定められています。

この定められた期間というのは、賃貸人側からすると、賃貸しなくてはいけない期間ということであり、賃借人側としては、「賃借できる期間」と捉えがちです。したがって、店舗や事務所を開設するに当たり、長い期間での契約は歓迎してしまう傾向があるかもしれません。しかし、経営環境はめまぐるしく変わるもので、期間の途中で解約したいということが往々にしてあります。賃貸借期間を「賃借できる期間」と捉えていると、賃借人から解約したければいつでもできると考えてしまうのではないでしょうか。

賃貸借契約の中途解約における違約金条項の有効性

しかし、賃貸借契約で定められた期間というのは、実は「賃借しなくてはならない期間」でもあるのです。賃貸人が中途解約を了解してくれるのであれば、それは「合意解約」として中途解約は実現しますが、了解してくれなければ、期間の途中で一方的に解約をすることはできないのです。

したがって、できれば、契約で期間内であっても賃借人側から解約できるという条項を入れておくといいのですが、これも借りる側の弱さもあって、なかなか賃貸人に受け入れられないことも多いようです。

それどころか、契約に「期間内で中途解約する場合は、残存期間の賃料相当額を違約金として支払う。」などといった違約金条項が入っていることさえあるでしょう。「期間途中で解約してもいいですが、残りの期間全部の賃料はいただきますよ。」といったものです。

残存期間が少なければ、多少の負担をしても解約してしまうこともあるでしょうが、例えば、4年契約で残存期間が3年もあるという場合は違約金は結構な額となり、しかも一括払いですからとても解約はできないということになってしまいそうです。

もちろん、そうであっても、粘り強く賃貸人と交渉すべきで、簡単に解約を諦めるべきではありません。このような違約金の定めをするのは、期間中は確実に賃収を得たいという賃貸人の意向があるためなのだから、例えば、代わりの賃借人を紹介するなどして、何とか違約金の支払いがなくて済むような努力をすべきでしょう。

しかし、それでも賃貸人が承諾してくれないときは、もはや違約金を全額支払うか、あるいは解約自体を諦めるほかないのでしょうか。何か、糸口はないのでしょうか。

東京地裁平成8年8月22日判決

ここで、東京地裁平成8年8月22日判決を紹介したいと思います。

この事案は、「賃借人が期間満了前に解約する場合は、解約予告日の翌日より期間満了日までの賃料相当額を違約金として支払う」という条項のある期間4年の建物賃貸借契約を締結した賃借人が、10か月で解約し、賃貸人から上記条項により3年2カ月分の賃料相当額の違約金を請求されたというものです。

賃借人は株式会社でしたが、解約の理由は賃料の支払が困難となってしまったということでした。そして、この賃借人が退去してから数ヶ月後には賃貸人は新しい賃借人を入れたという事情もありました。

賃貸人は、このような違約金条項は当事者が合意しているのであるから、有効であることは当然であると主張します。一方、賃借人側は、実際に数ヶ月で新しい賃借人と契約できたのだから3年2カ月にも及ぶ期間に相当する賃料相当の違約金というのは、あまりにもペナルティとしては重すぎて無効ではないかという主張をしました。

裁判所は、まずこのような違約金条項の有効性について、次のように判断しています。

「期間途中での賃借人からの解約を禁止し、期間途中での解約又は解除があった場合には、違約金を支払う旨の約定自体は有効である。しかし、違約金の金額が高額になると、賃借人からの解約が事実上不可能になり、経済的に弱い立場にあることが多い賃借人に著しい不利益を与えるとともに、賃貸人が早期に次の賃借人を確保した場合には事実上賃料の二重取りに近い結果になるから、諸般の事情を考慮した上で、公序良俗に反して無効と評価される部分もあるといえる。」

つまり、一般的には違約金条項も当事者間の合意なので有効とはなるが、場合によっては無効となることもあるという道筋を示したのです。

そして、そのうえで、裁判所は、本件の違約金条項について以下の通り判断をしました。

「約3年2か月分の賃料及び共益費相当額の違約金が請求可能な約定は、賃借人である被告会社に著しく不利であり、賃借人の解約の自由を極端に制約することになるから、その効力を全面的に認めることはできず、1年分の賃料及び共益費相当額の限度で有効であり、その余の部分は公序良俗に反して無効と解する。」

上記の通り、この事案で、裁判所は、違約金は1年分の賃料相当額の程度では合理性があり有効だが、それ以上の部分つまり2年2カ月分は無効と判断したのです。

もちろん、このような判断は、当該事例に対するものであって、これを一般化して、「違約金の有効期間は1年まで」と考えることはできません。とりわけ、上記事案では、新しい賃借人が退去後数ヶ月で入っているという特殊な事情もあるので、裁判所の言う「事実上賃料の二重取りに近い結果」というのが認め易かったことも大きく作用しているともいえます。

しかし、このような事例があるというのは、違約金条項は契約といえども絶対ではないということであり、千差万別である各事案の事情によっては、違約金条項の一部が無効となる余地があるということでもあります。

前述したように、信頼関係に基づき契約した賃貸人と賃借人なのですから、その終了の局面においても、誠実にそして粘り強く協議して、解決を目指すべきです。むしろ、ここで紹介した法律論に拘泥するのはあまりよくないともいえます。しかし、どうしても話が進まないときには、このような裁判例もあることを念頭におかれて、交渉してみるのも一つの方法ではないでしょうか。

H22.07掲載

※掲載時点での法律を前提に、記事は作成されております。