中小企業の法律相談
福岡の弁護士、近江法律事務所が提供している法律コラムです。
震災を機に改めて労務問題を考える
東日本大震災による影響は甚大で、深刻な労務問題も顕在化しました。そこで改めて、いかなる場合に解雇や賃金カットが認められるのかといった労務問題について、考えてみたいと思います。
1.震災により、事業場が直接的な被害を受けたため、事業の全部または一部が継続困難になった場合、労働者を解雇できるか。
労働契約法16条は、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」と規定しています。
震災により事業の継続が全部不可能になった場合、労働者を解雇することもやむを得ないといえるでしょう。
しかし、事業の継続が一部不可能になったにとどまる場合は、無条件に解雇が認められるわけではありません。この場合、「整理解雇」(経営上の理由から余剰人員削減のためになされる解雇)が認められる場合の考え方が参考になります。つまり、[1]震災による解雇の必要性、[2]解雇回避努力義務の履践(役員報酬の削減、配置転換、出向、一時休業、希望退職など他の手段がないか)、[3]被解雇者の選定基準の合理性、[4]解雇手続の妥当性(協議や説明といった手順を踏んでいるか)という4要件を全て満たす場合にのみ、解雇が有効と判断されることになります。
また、パートタイム労働者や派遣労働者など、期間の定めのある労働者については、労働契約法17条1項が「使用者は、期間の定めのある労働契約について、やむを得ない事由がある場合でなければ、その期間が満了するまでの間において、労働者を解雇することができない」と規定している関係で、期間中の解雇は、期間の定めのない労働契約の場合よりも、有効性が厳しく判断される点にも注意が必要です。
2.震災により、事業場が直接的な被害を受けたため、事業の全部または大部分の継続が困難になったことにより、労働者を解雇する場合、労働基準法19条・20条に規定する「天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合」による解雇といえるか。
疾病者等に対する解雇制限を定めた労働基準法19条、解雇予告について定めた同法20条は、「天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合」で、労働基準監督署長の認定を受けた場合には、例外的に、解雇予告や解雇予告手当なしに解雇できる旨を規定しています。
被災により、事業場の施設や設備が直接的な被害を受けたために、事業の全部または大部分の継続が不可能となった場合は、原則として、この「天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合」に該当すると解されます。
ただし、以上は、あくまでも最低労働基準を定める労働基準法との関係であり、労働契約や労働協約、就業規則、労使慣行により、手当等を支払うことにしている場合は、そのような場合でも労働契約等に基づき当該手当等を支払わなければいけません。
3.震災による直接的な被害は受けていないが、取引先や交通網の被害により、原材料の仕入れや製品の納入等が不可能になったため、事業の全部または大部分の継続が困難になった場合、労働者を解雇できるか。
この場合も、前記1の考え方が妥当し、「整理解雇」の4要件を全て満たす場合にのみ、解雇は有効と判断されることになります。
4.震災による直接的な被害は受けていないが、取引先や交通網の被害により、事業の全部または大部分の継続が困難になったため、労働者を解雇する場合、労働基準法19条・20条に規定する「天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合」による解雇といえるか。
事業場が直接的な被害を受けていない場合には、原則として、「天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合」による解雇には該当しないと解されます。ただし、取引先への依存の程度、輸送経路の状況、他の代替手段の可能性等を総合的に勘案し、事業の継続が不可能となったとする事由が真にやむをえないと判断される場合には、例外的に「天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合」に該当すると考えられます。
5.震災により、事業場が直接的な被害を受けたため、休業する場合、労働基準法26条の「使用者の責に帰すべき事由」による休業に当たるか。
労働基準法26条は、使用者の責に帰すべき事由による休業の場合には、使用者は、休業期間中の休業手当(平均賃金の100分の60以上)を支払わなければならないと規定しています。
天災事変等の不可抗力の場合は、使用者の責に帰すべき事由には当たらず、使用者に休業手当の支払義務はありません。ここで不可抗力というためには、[1]その原因が事業の外部より発生した事故であること、[2]事業主が通常の経営者として最大の注意を尽くしてもなお避けることのできない事故であることの2つの要件を満たさなければいけません。震災により、事業場が直接的な被害を受けたために休業する場合は、原則として、この不可抗力に該当すると考えられます。
ただし、以上は、あくまでも最低労働基準を定める労働基準法との関係であり、労働契約や労働協約、就業規則、労使慣行により、使用者の責に帰すべき休業のみならず、天災地変等の不可抗力による休業について休業中の時間についても賃金、手当等を支払うこととしている場合には、労働契約等に基づき当該手当等を支払わなければいけません。
従来支払われていた賃金等を支払わないとすることは、労働条件の不利益変更に該当するため、労働者の合意など、労働契約等の適法な変更手続きをとることが必要になります。
6.震災による直接的な被害は受けていないが、取引先や交通網が被害を受けたため、原材料の仕入や製品の納入等が不可能となったことにより、休業する場合、労働基準法26条の「使用者の責に帰すべき事由」による休業に当たるか。
この場合は、原則として「使用者の責に帰すべき事由」による休業に該当すると解され、使用者に休業手当の支払い義務が生じます。ただし、取引先への依存の程度、輸送経路の状況、他の代替手段の可能性、使用者としての休業回避のための具体的努力等を総合的に勘案し、休業することが真にやむを得ないと判断される場合には、例外的に「使用者の責に帰すべき事由」による休業に該当しないことになると考えられます。
以上、たとえ震災により、事業場が直接または間接的に被災した場合でも、安易に労働者を解雇したり、賃金等をカットしたりすることは許されません。そのような場合でも、労働者の不利益を回避するための最大限の努力をすることや、労働者とよく協議をすることが求められますし、そのような場合こそ、平常時以上に、企業としての社会的責任が強く求められるといえるでしょう。
H23.6掲載