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知的財産権侵害の警告が誤りだった場合と損害賠償責任

Y社は、ある発明について特許権を有していました。ある日、Y社は、Y社の特許発明の構成要件を全て充足するX社の製品が販売されているのを見つけました。Y社は、X社の製品の販売を直ちに止めさせたいと考え、X社の製品の製造販売元であるA社に対して、特許権侵害を警告する文書を送付しました。すると、A社はX社との取引をやめ、Y社と取引をするようになりました。

そこで、取引先を奪われたX社がY社に対して訴えを提起し、Y社の特許発明の有効性を争ったところ、裁判所は、Y社の特許発明は進歩性がないことを理由に、特許無効審判により無効にされるべきものであるとの判断を示し、結果的にY社の警告が誤りだったことが確定しました。

この場合、Y社は、X社に対して、損害賠償責任を負うのでしょうか。

知的財産権侵害の警告が誤りだった場合と損害賠償責任

不正競争防止法2条1項14号は、「競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し、又は流布する行為」が不正競争防止法の禁止する不正競争に該当すると規定しており、「故意又は過失により不正競争を行って他人の営業上の利益を侵害した者」は、これによって生じた損害を賠償する責任を負うと規定されています(同法4条本文)。これは、競業者を不利な立場におくことによって、自らを競争上有利な立場におこうとする行為を不公正な競争行為として禁止する趣旨で設けられた規定です。

設問でいくと、Y社としては、自身の特許発明が有効であると信じて警告書を送付したわけですが、結果的に虚偽の事実を告知したことになってしまいました。

このような場合にも、Y社は不正競争防止法上の損害賠償責任を負うのかというのが設問の問題意識であり、これは特許権侵害に限らず、知的財産権を侵害する旨の告知をした後に、非侵害つまり権利侵害がなかったとの判断を受けた場合に共通する問題です。

知的財産権を侵害する旨の告知は、不正競争防止法2条1項14号が規定する「事実」に該当しますので、非侵害であると判断されれば、結果的に虚偽の事実を告知したとして同号に該当することになり、特段の事情がない限り、過失があるとして損害賠償責任を認めるのが従来の多くの裁判例でした。

しかし、これでは、知的財産権者の正当な権利行使までが委縮することになります。

そこで、権利の非侵害であれば当然に同号に違反するというのではなく、「警告文書の形式・文面、警告までの交渉の経緯、警告文書の配布時期・期間、配布先の数・範囲、警告文書の配布先の業種・事業規模・訴訟への対応能力、その後の特許権者及び取引先の行動等の諸般の事情を総合して、きめ細やかな違法性の判断が求められる」(髙部眞規子「知的財産権を侵害する旨の告知と不正競争行為の成否」ジュリスト1290.88等)との指摘がなされていました。

今般、知的財産高裁平成23年2月24日判決は、設問と同様の事案について、告知の内容が結果的にみて虚偽であったことを認定しながらも、「不正競争防止法2条1項14号による損害賠償責任の有無を検討するに当たっては、特許権者の権利行使を不必要に委縮させるおそれの有無や、営業上の信用を害される競業者の利益を総合的に考慮した上で、違法性や故意過失の有無を判断すべきものと解される」とし、詳細な検討を加えた結果、本件特許の無効理由が告知行為の時点において明らかなものではなく、無効理由について特許権者が十分に検討をしなかったという注意義務違反を認めることができないこと、告知行為の内容ないし態様が社会通念上著しく不相当であるとはいえず、本件特許権に基づく権利行使の範囲を逸脱するものとまではいうこともできないことから、少なくとも故意過失がないとして、告知者の損害賠償責任を否定しました。

以上は、Y社が、X社の製品の製造販売元であるA社に対して権利侵害を告知した場合についてですが、Y社が製造に関わらない問屋や小売店に対してX社の権利侵害を告知した場合はどうでしょうか。

問屋や小売店などに対して告知を行うことは、X社の製品を販売させないためにはより効果的な手段ではありますが、問屋や小売店などに告知する場合には、より高度の注意義務が要求されると考えられます(名古屋地判昭59.8.31参照)。

よって、仮に、Y社が製造に関わらない問屋や小売店についてX社の権利侵害を告知した場合には、Y社に損害賠償責任が認められる可能性は、格段に高くなるといえます。

では、Y社が、X社に対して直接、権利侵害を警告した場合はどうでしょうか。

この場合は、競争関係にある他人に対しての直接の警告になり、第三者に虚偽の事実を告知したことにはならないため、不正競争防止法2項1項14号の対象にはならず、一般の不法行為該当性が問題になるのみです。そして、競争関係にある他人に対する直接の警告行為は、正当な権利行使の一環であると認められる可能性が高く、損害賠償責任が認められる可能性は低いといえます。

ところで、警告よりも強い権利実現の手段である訴え提起自体が不法行為に該当することがあるのでしょうか。

この点、提訴者が当該訴訟において主張した権利または法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである上、同人がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのにあえて提起したなど、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く特別の事情がある場合に限り、相手方に対する違法な行為となるとする最高裁判例(最高三小昭63.1.26)が参考になります。このように、訴えの提起が不法行為に該当するのは、極めて例外的な場合に限られます。

以上、知的財産権の侵害を発見した際に、誰に対してどのような警告するかについては、損害賠償責任のリスクを伴うことを念頭に置き、きめ細やかに違法性の判断をすることが求められます。特に、権利侵害の直接の相手方ではない第三者に対して告知する場合は、より慎重な判断が求められます。

H25.3掲載

※掲載時点での法律を前提に、記事は作成されております。