中小企業の法律相談

福岡の弁護士、近江法律事務所が提供している法律コラムです。

中国へ企業進出する際に知っておくべき労務問題 PART2

1 はじめに

日本企業が中国に進出し現地スタッフを雇い入れるケースは、今後も増えていく可能性がありますが、そうした場合、中国の労務に関する法的知識は不可欠です。

というわけで、昨年の飛翔12月号では、中国の労務に関する法令に簡単に触れたうえで、現地スタッフと労働契約を締結する際の留意点についてご説明しましたが、現地スタッフを雇う際に必要な法的知識は労働契約に関する知識だけに限られません。

そこで、今回は、中国で現地スタッフを雇う際に避けては通れない戸籍の問題、労働組合の問題、賃金の問題についてお話したいと思います。

中国へ企業進出する際に知っておくべき労務問題PART2

2 地方出身者を採用する際の戸籍制度の問題

中国人の現地スタッフを採用する際には、戸籍制度に注意する必要があります。

というのも、中国の戸籍制度では、「都市戸籍」と「農村戸籍」という区分があり、都市戸籍を持たない地方出身者(=外来人員)が都市で働くことに対しては、様々な制約が課されているからです。

例えば、上海市の戸籍を持たない外来人員が上海で働く場合、上海市居住証を取得しない限り、上海市の福利を受ける権利を一切享受できません。そこで外来人員としては上海市居住証を取得する必要性が出てくるのですが、居住証を取得するには、大卒以上であること等、いくつかの条件を満たす必要がありますし、雇用者の協力を得た上で、納税状況、健康状態、居住地等を証明する書類等を公安局に提出しなければなりません。

居住証の取得は、優秀な外来人員を雇用するためには避けては通れない手続なのです。

3 労働組合の問題

(1)労働者に保障されている労働組合を設立する権利

中国では、労働組合の設立は任意とされています(労働組合法2条)。すなわち、外国投資者が設立した現地法人(外商投資企業)には、労働組合を設置する法的義務はありません。

しかし、労働者には労働組合を設立する権利が認められていますので(同法3条)、労働者が労働組合の設立を要求した場合には、外商投資企業は、労働組合の設立を認めなければなりません。

この点、一昔前までは、外商投資企業に労働組合が設立されるケースは少なかったのですが、近時、中国政府は、労働者保護のため、外商投資企業に対して労働組合を設置することを奨励し始めました。その結果、現在では、多くの外商投資企業に労働組合が設置されています。

(2)労働組合の組織

労働組合の組織は、ピラミッド型に縦割りになっており、上級の労働組合組織が下級の労働組合組織を指揮監督します。

具体的には、まず、企業ごとに組織された労働組合(基層労働組合)が存在し、その上部組織として地方のレベルごと(街道・区・市の各レベル)に労働組合があり、さらには、業種ごとに組織する産業別労働組合があります。そして、これらのすべての労働組合の上部機構として、全国レベルの全国総労働組合があるのです。

(3)企業の負担

企業は、労働組合の活動経費の大部分を負担しなければなりません。

具体的には、全従業員の賃金総額(※組合員の賃金総額ではありません)の2%の費用を、労働組合に経費として支給しなければなりません(同法42条)。

また、労働組合の活動場所も提供しなければなりません(同法45条)。

(4)労働組合との望ましい付き合い方

このように企業にとっては負担となる労働組合ですが、中国の労働組合には、「労働者の権利保護」と「企業発展への協力」という二つの役割があることを忘れてはいけません。

前者の役割について言えば、労働組合には、企業が労働法規に違反しているような場合に、労働者を代表して企業と交渉し、企業に是正を求める権利が認められています(同法22条)。また、労働条件について、従業員を代表して企業と集団契約を締結する権利が保障されています。さらに、労働組合は、個別の労働契約についても個々の従業員を援助する(同法20条)等、様々な形で労働者の権利を保護しています。

一方、後者の役割について言えば、例えば、ストライキ等が発生した場合、労働組合は、企業が生産秩序を回復することに協力します(同法27条。※協力といっても、労働組合は、労働者の意見を代表して企業と協議し、企業は合理的な要求には応じなければなりませんので、労働組合が企業側に一方的に味方するわけではありません。)。また、労働組合は、企業の福利厚生業務に協力することになっており(同法30条)、娯楽活動等も行っています。

以上の2つの役割を前提とすれば、企業としては、労働組合とやみくもに対立するのではなく、労働組合に対して経営側の考えを十分に説明し、理解と協力を求めることが望ましいと言えます。

4 賃金の問題

日本の企業が中国に進出する理由の一つに、人件費の安さというメリットがあると言われていますが、近年、こうしたメリットに疑問を抱く声も少なくありません。

というのも、近時の中国の賃金上昇は著しく、最低賃金額の推移をみると、10年前と比較して2倍から3倍になっていると言われているからです。

今年1月の中国人事社会保障省の発表によれば、北京市、上海市、四川省など25の地方政府が昨年、法定最低賃金を引き上げましたが、平均上昇率は20.2%だったということです。

こうした賃金の上昇は今後も続くとみられていますので、中国に進出する日本企業としては、今後、内需取り込みの強化や人事制度見直し等、事業戦略や人材管理に関する抜本的な取り組みを進めることが求められます。

5 最後に

日本企業にとって、中国市場が持つ可能性は大きな魅力です。

ただし、前述した賃金の上昇傾向に加え、労働者の権利意識の高まりを受け、労務問題に関する法的紛争が多発していることにも注意する必要があります。中国人事社会保障省の発表によれば、昨年、各地方政府の労使仲裁機関が対応した労働争議は、前年比6・4%増の151万2千件にも上ったそうです。

こうした状況下で日本企業が中国に進出するに際しては、法的知識を蓄え、法的リスクに備えることが不可欠ですし、法的リスクをいかに回避するかによって中国進出の成否が分かれると言っても過言ではありません。

H25.4掲載

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※掲載時点での法律を前提に、記事は作成されております。