中小企業の法律相談

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精神障害の労災認定基準から学ぶ業務におけるストレス対策

職場にはストレスがつきものといっていいでしょう。ストレスが全くない仕事というのはないでしょうから、従業員にもある程度のストレスは我慢してもらう必要があります。

しかし、職場での過度のストレスによりうつ病などの精神疾患の発症に至ってしまうような場合には、「仕方ない」では済まされないことがあります。とりわけそのうつ病が原因となって自殺などに至ってしまっては大変なことです。

実際に、従業員が業務によりうつ病となり自殺したケースで、会社に安全配慮義務違反があるとして、損害賠償義務が認められた裁判例もあります(最高裁平成12年3月24日判決)。その裁判例では、「労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは、周知のところである」「使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負う」「(労働者の)業務の遂行とそのうつ病り患による自殺との間には相当因果関係がある」と判示しています。

従業員に与えるストレス(心理的負荷)の度合いを会社としても常に意識しておかないといけないということなのです。

精神障害の労災認定基準から学ぶ業務におけるストレス対策

とはいえストレス(心理的負荷)という目に見えないもののコントロールは難しいと思います。従業員側の反応性も多種多様という問題もあるでしょうし、なかなか客観的な指標が見出しづらいのです。

ところで、うつ病などの精神障害が労災認定を受けることがあります。心理的負荷による精神障害が労働基準法施行規則別表第1の2第9号に該当する業務上の疾病となるということです。

このようにストレス(心理的負荷)による精神障害を労災として認定するためには基準が設けられております。現在は平成23年12月26日の厚生労働省労働基準局の通達(基発1226号第1号)がその基準となっています。

この基準においては、対象となる精神障害(疾病)の発病の前おおむね6カ月間に業務による強い心理的負荷が認められる場合に業務起因性がある精神障害と判断するとしています。そして、その業務によるストレス(心理的負荷)の強度については、業務における出来事を類型化し、心理的負荷の度合いを強、中、弱の三段階に区分した「業務による心理的負荷評価表」を指標としています。この評価表は、「強い心理的負荷とは、精神障害を発病した労働者がその出来事及び出来事後の状況が持続する程度を主観的にどう受け止めたかではなく、同種の労働者が一般的にどう受け止めるかという観点から評価されるものであり、同種の労働者とは職種、職場における立場や職責、年齢、経験等が類似する者である」という考えに立脚しているものです。

つまり、ストレスの強度について客観的な指標を示しているものと理解することができるのです。これは、業務によるストレスを常に意識していなくてはならない会社にとって、一つの指標となるのではないでしょうか。

上記心理的負荷評価表では、出来事の類型を

  1. 事故や災害の体験
  2. 仕事の失敗、過重な責任の発生等
  3. 仕事の量、質
  4. 役割、地位の変化等
  5. 対人関係
  6. セクシャルハラスメント

に分類し、更に具体的出来事のパターンを示しています。そして、さらにストレスの強度を判断する具体例も掲げております。

例えば、上記[2]仕事の失敗、過重な責任の発生等の類型では、具体的出来事として「達成困難なノルマが課された」というものがあります。これはストレスの程度しては「中」が基本であるが、「客観的に、相当な努力があっても達成困難なノルマが課され、達成できない場合には重いペナルティがあると予告された」という具体例に該当するような場合は「強」になり、「同種の経験を有する労働者であれば達成可能なノルマを課された」とか「ノルマではない業績目標が示された(当該目標が、達成を強く求められるものではなかった)」という具体例に該当するような場合は「弱」になるとされています。

また、上記[4]役割、地位の変化等の類型では、具体的出来事として「配置転換があった」というものがあります。これもストレスの程度しては「中」が基本であるが、「過去に経験した業務と全く異なる質の業務に従事することとなったため、配置転換後の業務に対応するのに多大な労力を要した」とか、「配置転換後の地位が、過去の経験からみて異例なほど重い責任が課されるものであった」とか、「左遷された(明らかな降格であって配置転換としては異例なものであり、職場内で孤立した状況になった)」という具体例に該当するような場合は「強」になり、「以前に経験した業務等、配置転換後の業務が容易に対応できるものであり、変化後の業務の負荷が軽微であった」という具体例に該当するような場合は「弱」になるとされています。

さらに、上記[5]対人関係の類型では、具体的出来事として「上司とのトラブルがあった」というものがあります。これもストレスの程度しては「中」が基本であるが、「業務をめぐる方針等において、周囲からも客観的に認識されるような大きな対立が上司との間に生じ、その後の業務に大きな支障を来した」という具体例に該当するような場合は「強」になり、「上司から、業務指導の範囲内である指導・叱責を受けた」とか、「業務をめぐる方針等において、上司との考え方の相違が生じた(客観的にはトラブルとはいえないものを含む)」という具体例に該当するような場合は「弱」になるとされています。

もちろん、「ストレスの程度が「強」にならなければ構わない」ということであってはいけませんが、過度のストレスを課することを回避するためにチェックする際には、この心理的負荷評価表は参考となるはずです。

この認定基準はネットでも入手できます。

認定基準PDFはこちら

H25.6掲載

※掲載時点での法律を前提に、記事は作成されております。