中小企業の法律相談

福岡の弁護士、近江法律事務所が提供している法律コラムです。

知ってるつもりになっていませんか?「安全配慮義務」

安全配慮義務とは

安全配慮義務は、一般的には、使用者において労働者の生命、身体等が害されることのないよう配慮する義務と言われています。

安全配慮義務の根拠を法律の条文に求めれば、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」と定める労働契約法5条ということになります。

しかし、この法律ができる前から、学説や裁判例等では、使用者は労働契約に付随する信義則上の義務として、労働者の生命、身体等を危険から守るための配慮をする義務を負っていると考えられており、使用者がそうした義務を果たさなかった場合、債務不履行責任(民法415条)を負うと考えられていました。そして、そうした考え方は、既に昭和50年の最高裁判例(最三小判昭和50年2月25日(車両整備工場事件判決))で認められていたのです。

そこで、今回は、そうした職場における安全配慮義務についてお話させていただきたいと思います。

知ってるつもりになっていませんか?「安全配慮義務」

安全配慮義務の具体的な内容

安全配慮義務の具体的な内容については、労働契約法の条文で明確に定められている訳ではありませんし、判例(最三小判昭和59年4月10日)も、「労働者の職種、労務内容、労務提供場所等安全配慮義務が問題となる当該具体的状況等によって異なるべきものである」と述べるのみで、必ずしも明確ではありません。

使用者としては、正に職種、労務内容等に応じて安全配慮義務の内容を独自に考える必要があるわけですが、その際には、以下に述べる「職場環境配慮義務」と「健康配慮義務」という2つの観点から考えることが肝要です。

[1]職場環境配慮義務

職場環境配慮義務とは、安全に作業できる労働環境を整える義務を指します。例えば、工場等の機械や設備の点検やメンテナンスを行って安全に稼働するかを確認したり、労働者に対して機械の安全な操作方法を指示・指導したりする義務が挙げられます。

職場環境配慮義務は、労働者の身体に対する安全を保護する義務といえます。

[2]健康配慮義務

一方、健康配慮義務は、労働者の心身面の健康を管理・保護する義務です。そこではメンタル面を含む健康の保護が求められていますから、長時間労働を防止したり、健康診断やメンタルヘルスチェックを実施して労働者の健康状態を把握し、それに応じた業務軽減等の措置を採ることが求められます。

近年、長時間労働等の過重労働に起因して、脳や心臓の疾患に罹患したり、鬱病等の精神疾患に罹患する例が多くみられることを踏まえれば、健康配慮義務の重要性は以前にもまして高まっているといえるでしょう。

健康配慮義務に関する裁判例の紹介

健康配慮義務に関する注目すべき裁判例を2つご紹介します。

[1]心身の不調をきたすおそれのある長時間労働に従事させたこと自体が違法とした裁判例(東京地裁平成28年5月30日判決(無洲事件判決))

この事件は,1年余にわたり概ね月80時間以上の時間外労働をしていた原告(調理師)が、そうした労働環境を放置した使用者に対して、安全配慮義務違反に基づく慰謝料を請求したというものです。

判決では,原告が長時間労働により心身の疾患を発症したことを裏付ける医学的証拠はないとして、業務による疾患の発生は否定されました。

しかし,使用者において、タイムカードの打刻時刻から労働者の長時間労働を把握することができたにもかかわらず、労働者の労働状況について注意を払わず、事実関係の調査や、改善指導等の措置を講じられていないこと等を以て、心身の不調をきたす危険のある長時間労働に原告を従事させたとして、安全配慮義務違反に基づく慰謝料請求が認められました。

この判決において特徴的なのは、労働者が具体的な疾患を発症していないにもかかわらず、心身の不調をきたす危険がある長時間労働に従事させたこと自体を以て安全配慮義務違反と認め、慰謝料請求を認容した点です。

こうした裁判例を踏まえますと、使用者としては、労働者を時間外労働に従事させる場合には、その労働時間を正確に把握し、労働時間が比較的長時間に及んでいる場合には、当該労働者等と適宜面談を行う等して実態を調査した上で、時間外労働を減らすような改善策を検討する等の対策をとることが求められているといえます。

[2]取締役個人の責任を認めた裁判例(大阪高判平成23年5月25日、東京高判令和4年3月10日等))

また、安全配慮義務を誰が負うかという点についても変遷が見られます。

この点、安全配慮義務は使用者が負担する義務ですから、株式会社等の法人であれば法人自体が安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を負うことになります。

ところが、近年、労働災害が生じた際に、法人だけでなく取締役個人が会社法第429条第1項に基づいて損害賠償責任を負う例がみられるようになりました。

会社法第429条1項というのは、取締役等の役員が職務を懈怠した場合の第三者に対する責任を定めた条文なのですが、取締役は、会社が安全配慮義務に反して、労働者の生命、健康を損なう事態を招くことのないよう注意する義務を負っているとして、取締役が現実に従業員の多数が長時間労働に従事していることを認識していたかあるいは極めて容易に認識し得たにもかかわらず、会社にこれを放置させ是正させるための措置を取らせていなかったことは善管注意義務違反に当たると判断されるようになったのです。

最後に

近年、安全配慮義務の範囲はやや広く解される傾向にあるように思われますし、個々の社員の労働時間等を直接把握・管理する立場にない取締役の責任が認められる例も出てきました。

取締役においては、まずは自社の職場環境に目を光らせ、自ら率先して職場環境の健全化に取り組むことが求められているといえるでしょう。

そして、そうした取り組みが、より良い人材の確保と定着につながっていくことを忘れてはいけません。

R05.10掲載

※掲載時点での法律を前提に、記事は作成されております。