中小企業の法律相談
福岡の弁護士、近江法律事務所が提供している法律コラムです。
従業員の非行を理由とする懲戒処分について
はじめに
随分前から社会問題となっているにも関わらず、飲酒運転や痴漢といった犯罪は後を絶たず、マスコミ報道でも頻繁に目にします。ニュースを眺めている分には他人ごとかもしれませんが、逮捕されたのが自社の従業員であったとなればたちまち他人ごとではありません。従業員が、飲酒運転や痴漢など、業務時間外に、会社の業務とは全く関係のない犯罪行為をしてしまった場合、会社はどのように対応すればよいでしょうか。
事実調査
従業員が飲酒運転や痴漢などの犯罪行為の疑いで逮捕された場合、会社としては、「そんな奴は即解雇!」と考えるかもしれません。しかし、まず、逮捕されたからといって当該従業員が本当に犯罪行為をしたかはわかりません。刑事事件においては「無罪推定の原則」というルールもあります。会社としては、まずは、事件の内容、犯行を認めているかなど、情報収集をして事実関係の調査を行う必要があります。
身柄拘束された従業員とは、逮捕期間中(最大72時間)は面会できませんが、逮捕に引き続き勾留された場合は面会できますので(接見禁止となっている場合はできません)、当該従業員が勾留されている警察署等で面会し直接事情を聞くことができます(もっとも短時間です)。釈放された場合には、すぐに面会して十分に話を聞きましょう。事情を把握している従業員の家族や、弁護人が選任されている場合には弁護人からも事情を聞くとよいでしょう。
従業員の出勤対応
従業員が逮捕勾留されている場合は当然出勤することができません。また、釈放された場合でも当該従業員を出勤させることが会社の社会的信用や職場の秩序維持等の観点等から望ましくなく、業務に支障が生じる場合もあると思います。
このような場合には、自宅待機(有給)や起訴休職(無給)を命じることが考えられます。従業員の希望があれば有給休暇で対応するケースもあるかと思います。
懲戒処分の検討
- 事実調査の結果、従業員が犯罪行為をしたことが明らかとなった場合、会社は懲戒解雇できるのでしょうか。
- まず、懲戒解雇をはじめとする懲戒処分を行うためには、就業規則において、あらかじめ懲戒の種別と事由を定めておく必要がありますので、私生活上の非違行為について懲戒事由として定められていなければなりません。
- また、そのような定めをしていたとしても、経理担当者による会社の金銭の横領といった事案とは異なり、勤務時間外の飲酒運転や痴漢といった犯罪行為は会社の業務とは一切関係ないため、そのような私生活上の行為を理由とする懲戒処分が許されるのかが問題となります。
日本鋼管事件(最高裁S49.3.15)は、「営利を目的とする会社がその名誉、信用その他相当の社会的評価を維持することは、会社の存立ないし事業の運営にとって不可欠であるから、会社の社会的評価に重大な悪影響を与えるような従業員の行為については、それが職務遂行と直接関係のない私生活上で行われたものであっても、これに対して会社の規制を及ぼしうることは当然認められなければならない」として、私生活上の行為であっても、懲戒処分の対象となりうる旨判示しています。
また、同判決は、懲戒処分が許される場合について、「当該行為の性質、情状のほか、会社の事業の種類・態様・規模、会社の経済界に占める地位、経営方針及びその従業員の会社における地位・職種等諸般の事情から綜合的に判断して、右行為により会社の社会的評価に及ぼす悪影響が相当重大であると客観的に評価される場合でなければならない」と判示しており、懲戒処分ができるか、いかなる懲戒処分を選択すべきかについては、上記のような事情を検討する必要があります。 - 飲酒運転に関して、ヤマト運輸事件(東京地裁H19.8.27)は、大手貨物自動車運送事業者のセールスドライバーであった従業員が、業務終了後の帰宅途中に酒気帯び運転で検挙され懲戒解雇された事案において、大手の貨物自動車運送事業者という会社の立場からすれば、所属のドライバーにつき、業務の内外を問わず、飲酒運転に対して、懲戒解雇という最も重い処分をもって臨むという就業規則の規定は、会社が社会において率先して交通事故の防止に努力するという企業姿勢を示すために必要なものとして肯定されるとして、懲戒解雇を有効としました。
他方、公務員の事案ですが、加西市事件(大阪高裁H21.4.24)は、市職員が休日に行った酒気帯び運転を理由とする懲戒免職処分について、非違行為の性質・態様・結果における悪質さの程度の低さ、原因・動機における非難可能性の低さ、職務上の地位等から考え得る他への影響の重大さの低さ、過去の非違行為の不存在や日頃の勤務態度、その後の対応の良好さなどを考慮して、裁量権を濫用したもので違法であると判断しました。
飲酒運転に対する社会的な非難が高まっている現在、会社としても厳しい態度で臨みたいところですが、懲戒処分にあたっては、飲酒量、飲酒に至る経緯・動機、交通事故の発生の有無、マスコミ報道の有無、従業員の会社での地位、飲酒運転後の態度等諸般の事情を考慮の上、慎重に検討する必要があります。 - 痴漢に関して、小田急電鉄事件(東京高裁H15.12.11)は、鉄道会社の従業員が、過去に複数回、電車内で痴漢行為を行い罰金刑となったにもかかわらず、再び電車内で痴漢行為を行い懲役4か月執行猶予3年の有罪判決を受け、懲戒解雇された事案で、痴漢行為は被害者に与える影響からすれば軽微な犯罪とはいえないこと、当該従業員が電車内における乗客の迷惑や被害を防止すべき鉄道会社の社員であったこと、痴漢行為を繰り返したことなどを踏まえ、懲戒解雇を有効と判断しました。
他方、東京地裁H27.12.25(東京メトロ事件)は、同じく鉄道会社の社員が通勤電車内で痴漢行為をしたとして略式命令(罰金20万円)を受け、諭旨解雇された事案で、悪質性が比較的低いこと、マスコミ報道がなかったこと、勤務態度に問題がなかったこと、示談を試みていたことなどを踏まえ、諭旨解雇は懲戒権を濫用したもので無効であると判断しました。 - その他、万引きや暴行事件等、様々な犯罪行為がありえますが、いずれにしても、懲戒処分にあたっては、裁判例で指摘されるような事情を検討し、慎重に判断する必要があります。会社における過去の同種事案とのバランスを考える必要もあるでしょう。懲戒解雇ができるか微妙な事案では、諭旨解雇や降格などより軽い懲戒処分や、自主退職を促すことを検討したほうがいいかもしれません。会社としては普段から、飲酒運転などの私生活上の犯罪行為については厳しく臨むという姿勢を示しておくことも、懲戒処分の有効性を争われた際には有用だと思います。
R04.04掲載