中小企業の法律相談

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従業員を守るためのカスタマーハラスメント対策

カスタマーハラスメントとは

職場においては、いろいろなハラスメントが指摘されていますが、カスタマーハラスメントもその一つで、厚生労働者の実施した企業調査では、セクシャルハラスメントやパワーハラスメントに次いで、相談件数が多く、しかも増加傾向にあるとされています。

カスタマーハラスメントとは、厚生労働省のマニュアル等では、「顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの」と定義されています。

この定義からは、カスタマーハラスメントに該当するかどうかは、一つには「顧客等の要求内容に妥当性があるのか」という観点で判断されることになります。言いがかりによる金銭請求、制度上対応できないことの要求、契約内容を超えた過剰な要求といったものが、妥当性がない要求として区分されることになります。

従業員を守るためのカスタマーハラスメント対策

さらに、「当該要求を実現するための手段・態様が社会通念に照らして相当な範囲か」という観点でも判断されます。たとえ、要求自体に妥当性があったとしても、長時間に及ぶ電話でのクレーム、居座り、暴言、脅迫、個人への攻撃などは、社会通念上許容できないものであり、それはカスタマーハラスメントに該当するということになるということです。

カスタマーハラスメントの一番の被害者

前述した定義でも「労働者の就業環境が害される」となっているように、カスタマーハラスメントは最前線で対応する従業員がターゲットになり、場合によっては精神疾患に至るなどの健康被害に結びつくこともありうるものです。

令和5年9月に心理的負荷による精神障害の労災認定基準が改正されているのですが、その基準においては、労働者が心理的負荷(ストレス)を受ける具体的な出来事として、新たに「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」というものが加わりましたが、これはまさにカスタマーハラスメントのことをいっているものです。業務による心理的負荷評価表では、「業務に関連して、顧客等から対応が困難な要求等を受け、その対応に従事した」ことが、心理的負荷の強度が中程度である場合の具体例として挙げられています。カスタマーハラスメントによる労働者のストレスが特に注目されているということかと思います。

事業主の責任

令和2年の厚生労働省の告示である「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」は、一見するとパワハラについての指針であるように見えますが、パワハラだけではなく「顧客等からの著しい迷惑行為(暴行、脅迫、ひどい暴言、著しく不当な要求等)」も対象として挙げており、実はこの告示はカスタマーハラスメント対策への取組の必要性にも言及しているものです。

また、労働者が受けたカスタマーハラスメントに対して、事業者が適切な対応しなかったとして、損害賠償が認められた裁判例もあります。

これらのことからすると、事業主には、従業員のためにカスタマーハラスメント対策をする責任があるものと考えておくべきかと思います。

具体的な施策

ではどのような取り組みが必要なのでしょうか。この点については、厚生労働省が [カスタマーハラスメント対策企業マニュアル] を作成し公表しており、とても参考になります。

このマニュアルでは具体的な取り組みについて、項目ごとに解説がされているのですが、ここではその中でも特に重要と思われるものを紹介します。

第一に、トップがカスタマーハラスメント対策の取組姿勢を明確にして、これを従業員へ周知、啓発する必要があるという指摘です。コンプライアンス体制を浸透させるには何よりトップの意識改革が必要ということはよく言われていることですが、この面においてもやはりトップの取り組み姿勢が重要ということだと思います。これにより従業員は守られていると感じ、安心して業務に取り組めるのです。

第二に、従業員のための相談対応体制の整備の必要性です。前述したようにカスタマーハラスメントを受けた従業員は相当なストレスを受けることとなります。そのような従業員がひとり抱え込むことがないように相談対応体制を整備することが肝要ということです。相談体制を整えることは、単に被害を受けた従業員へのケアに留まらず、不当要求への対処法などのノウハウが蓄積されるというメリットもあると思います。

第三に、カスタマーハラスメントを受けたときに適切な対応が取れるように、あらかじめ対応方法等を決めて、これを従業員に周知し、教育するという指摘です。

まずマニュアルでは、顧客等の不当な要求というのも、時間拘束型、リピート型などいくつかのパターンがあるので、行為ごとの対応方法を決めておくのも有益であるとしています。カスタマーハラスメントの場面では、従業員の「どう対応していいのかわからない」という思いが、どんどん悪循環を招くということも多いので、パターンに応じた対処方法が予め周知されていることは、現場の従業員に安心感を与え、適切な対応へと導くことになると思われます。

また、マニュアルでは、初期対応の重要性についても指摘し、状況の正確な把握、謝罪をするとしても対象となる事実を明確にすること、情報共有をすることなどに留意すべきとしています。初期的な対応で終わるはずが、その対応の悪さがカスタマーハラスメントに発展してしまうということもあるだけに、重要な指摘かと思います。

さらにマニュアルでは、カスタマーハラスメントが疑われる場合に、複数対応をする、証拠を残す、無理に即答しないなどの具体的な対応の仕方についても紹介しており、とても参考になります。

まとめ

適切なカスタマーハラスメント対策は、従業員を守ることになり、それによって職場環境が保たれ、業務の生産性も上がることになります。企業の発展という意味でも是非取り組んでいただきたいものです。

R6.1掲載

※掲載時点での法律を前提に、記事は作成されております。