中小企業の法律相談

福岡の弁護士、近江法律事務所が提供している法律コラムです。

営業秘密の管理~不正競争防止法の保護対象とするために~

営業秘密の漏えい事案の多発と不正競争防止法

企業にとって営業秘密は、競争力の維持、強化のために不可欠のものですが、近年、基幹技術などの企業情報の漏えい事案が多発するようになり、巨額の損害賠償に発展するような事案も生じるようになり、またサイバー攻撃による漏えいなどその態様も多様化するようになりました。

その営業秘密を法的に保護する法律が不正競争防止法であり、営業秘密の不正取得、不正使用、不正開示等を「不正競争」の一つとして、民事的には、営業上の利益侵害行為の差し止めや損害賠償の請求による救済ができるようにしておりますし、刑事的には、(一定の要件に該当することが必要ですが)営業秘密侵害罪として刑罰の対象にもなるとしております。

営業秘密の管理~不正競争防止法の保護対象とするために~

不正競争防止法の保護を受ける営業秘密とは

このように、営業秘密を持つ企業にとっては、頼りになる法律ということになるのですが、企業のあらゆる情報が不正競争防止法の保護を受けるというものではありません。

不正競争防止法では、営業秘密を「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの」と定義付けており(第2条6項)、法の保護を受ける営業秘密は、①秘密管理性、②有用性、③非公知性の3要件が必要であるといわれております。

「有用性」とは、その情報が客観的にみて事業活動にとって有用であるということで、脱税方法など公序良俗に反する内容の情報は有用性が認められませんが、この要件は比較的認められやすいといえるでしょう。

「非公知性」は、一般的には知られておらず、または容易に知ることができないということであり、合理的な努力の範囲内で入手可能な刊行物に記載がされていないとか、保有者の管理下以外では一般的に入手できないなどの場合が当たりますが、これも割とわかりやすい要件といえるでしょう。

ところが、もう一つの要件である「秘密管理性」というのは、わかるようでわからない微妙なもののように思われます。実は本稿の目的はこの秘密管理性を理解していただくことにあります。

営業秘密管理指針

経済産業省は平成15年1月に営業秘密管理指針を策定しておりましたが、これは情報管理規程や守秘契約といった人的管理、アクセス制限などの物理的・技術的管理、情報管理体制などの組織的管理について提示をするもので、法の解釈に留まらず、漏えい防止のために高度な管理方法や普及啓発的な事項も紹介するものでした。

そのため、指針で紹介されているような高度な秘密管理をしていないと、不正競争防止法の営業秘密としては保護されないという誤解が生じておりました。

そこで、平成27年1月に全面改訂がされ、新指針が策定されました(平成31年1月最終改訂)。新指針においては、法の保護を受けるために必要となる最低限の水準の対策を示すこととなったのです。

新指針における秘密管理性

新指針では、まず秘密管理性を保護の要件としていることの趣旨を「企業が秘密として管理しようとする対象(情報の範囲)が従業員等に対して明確化されることによって、従業員等の予見可能性、ひいては、経済活動の安定性を確保することにある」としています。

従来は、相当高度な秘密管理を網羅的に行っていないと法的保護が受けられないと思われていた傾向があるのですが、そうではなく、従業員等にとって秘密であることが分かるかという観点での要件であることが明確化されたのです。

また、必要な秘密管理措置の程度は、「営業秘密保有企業の秘密管理意思が秘密管理措置によって従業員等に対して明確に示され、当該秘密管理意思に対する従業員等の認識可能性が確保される」ものとしています。

そして、秘密管理措置は、①対象情報(営業秘密)の一般情報からの合理的区分と、②当該対象情報について営業秘密であることを明らかにする措置とで構成されるとしています。

①の合理的区分とは、紙媒体であればファイル、電子媒体であれば社内LAN上のフォルダなどに格納され、このファイルやフォルダにアクセスできる従業員等が定められているというのが典型的なものとされています。

②の措置は、選択された媒体の種類、媒体への営業秘密であることの表示、アクセスできる者の限定、秘密保持契約など、従業員等において当該情報が秘密であって、一般情報とは取扱いが異なるべきという規範意識が生じる程度のものであれば足りるとしています。

紙媒体の管理については、コピーやスキャン等の禁止、コピー部数の管理、配布コピーの回収、キャビネットの施錠、自宅への持ち帰り禁止など、電子媒体の管理については、人事異動、退職毎のパスワード変更、メーラーの設定変更による私用メールへの転送制限など、より高度な対策もありうるのですが、それらは通常の状況においては秘密管理性の要件に必須のものというわけではないとしております。

秘密管理措置の内容や程度は、企業の規模、業態、従業員の職務、情報の性質等により異なるもので、より高度な対策が考えうるからといって、それをしていなければ秘密管理性の要件を満たさないということではないということでしょう。

営業秘密の管理の方向性

新指針で明確にされた秘密管理性の要件は、実務的には対応が難しいハイレベルのものが求められているわけではないということです。したがって、不正競争防止法は営業秘密の漏えいがあった場合に十分に「使える」法律ということがいえると思います。

もっとも、漏えいがあってから戦うのではなく、漏えい自体がないに越したことはありません。そこで、そのような漏えい防止のために高度な管理方法等については、「秘密情報の保護ハンドブック」(令和4年5月最終改訂)が公表されており、これは契約書式等も含めかなり豊富な情報を提供しており、参考になります。

R4.10掲載

※掲載時点での法律を前提に、記事は作成されております。