中小企業の法律相談
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非正規社員に格差認める最高裁判決(賞与・退職金)と認めなかった最高裁判決(扶養手当、等)
Q. 2020年10月、非正規社員の待遇格差について3つの最高裁判決が出たと聞きました。
A. はい、最高裁は、賞与・退職金・について、正規社員と非正規社員との間に待遇格差があっても不合理とは言えないと判断する一方、扶養手当等についての格差は不合理と判断しました。
Q. 平成30年にも2つの最高裁判決がありました。
A. そうです。長澤運輸事件とハマキョウレックス事件ですね。合計5つの最高裁判決を一覧表にしたのでご覧ください。
Q. そもそも非正規社員とは何でしょうか。
A. 一般には、①期間の定めのある労働契約で就労する労働者、及び②パートタイムで就労する労働者を非正規社員と呼んでいます(これに派遣労働者等を加えたものが、非典型労働者と言われています)。
Q. 非正規社員のおかれた立場にはどんな問題があったのですか。
A. 正規社員は長期的に育成・活用され、処遇も向上し雇用が守られました。これに対し、非正規社員は長期的なキャリアパスからははずされ、賃金、賞与等の処遇において格差をつけられ、会社の業績によって解雇・雇止めがされやすい立場におかれました。
Q. 非正規社員は増加し続けているのですか。
A. 1985年の調査では非正規社員の雇用者に占める割合は16.4%でしたが、1990年代半ばには20%、2000年代半ばには雇用者の3分の1を超える状況となりました。
Q. 非正規社員が増えた理由は何なのでしょうか。
A. 長引く日本経済の不況の中で、企業が契約を打ち切りやすく、また人件費を安くできる非正規社員を増やした結果だと言われています(但し、非正規社員が増えているのは事実ですが、団塊の世代が定年退職し、非正規の形で就労した結果が非正規社員の割合に影響を及ぼしたことが考えられます。不況のため、多くの自営業者や家族従業員が非正規社員として就労したことを指摘する学者もいます)。
Q. 非正規社員の問題が近時クローズアップされているのはどういう理由ですか。
A. 1990年以前の非正規社員というのは、家事を重視し家計の補助的な収入を得ようとする主婦パート、学生アルバイト、定年後の嘱託社員、自由度重視の若年労働者などが主で、配置転換や転勤、残業を嫌って正規社員を自らの意思で回避する者が多数でした。ところが2000年代に入ると、企業が不況のため新規採用を控え、人件費コスト削減のため非正規社員の比率を上げるなどの施策をとった結果、正規社員を希望しているのに不本意にも非正規社員とならざるを得ない人が増加したのです。また「貧困」に関する書物も評判になり、「格差社会」「ワーキングプア」という言葉が頻繁に登場するほど低所得者層が増加しました。
Q. 国が、国として放置できない状況になっていると認識したのはなぜですか。
A. 日本企業の労働力の質の低下が懸念され日本経済にとってマイナスであること、非正規労働者の有配偶率が低いことから労働者人口減少の対策として重要であること、女性・高齢者の就業率を高めるべきとの声が大きくなったこと、等によると思われます。
Q. 国はいかなる施策をとったのですか。
A. 短時間労働者法の改正(平成19年)をはじめとして、労働契約法の制定(同年)等様々な法律を制定改正しました。平成28年には非正規社員の待遇改善のため「同一労働同一賃金」を立法化する政策方針が総理大臣所信表明演説で表明され、「同一労働同一賃金ガイドライン案」等の中で具体化されました。こうして、いわゆる「働き方改革関連法案」が平成30年に成立しました。労働契約法(「旧法」といいます)20条はいわゆるパートタイム労働法に移され、パートタイム労働法は、平成30年にいわゆるパートタイム・有期雇用労働法(以下「改正法」といいます)となりました。
Q. 改正法の内容はどのようなものですか。
A. 非正規社員について均衡・均等待遇ルールが設けられました。その主な内容は、①通常の労働者と比較して不合理な待遇の禁止、②通常の労働者と同視すべき者について差別的取扱いの禁止、③非正規社員への説明義務等です。
Q. 今回の最高裁の判決は、どのように理解したらいいのでしょうか。
A. いずれも不合理な格差を禁じた旧法20条に反しないかが問題となりました。賞与については、大学がアルバイト職員については全く賞与を支給しないとしていた点について、基本給及び賞与の合計額が正職員に比し55%程度であっても不合理ではなく、旧法20条に反しないと判断しました。その理由は、アルバイト職員の職務は相当に軽易で正職員の業務とは異なること、人事異動の可能性のある正職員とは違って配置転換がないこと、賞与は財務状況を踏まえその都度支給の有無や支給基準が決められるものであること、が重視されました(大阪医科大学事件)。
退職金については、退職金の法的性質が労務の対価の後払いという性質のほか勤務の功労報償など複合的性質をもつこと、人材の確保や定着を図る目的から様々な部署で継続的に就労することが期待されて支給されるものであること、人事異動や職務の内容に違いがあることから、本件事件の契約社員に退職金がないとしても不合理ではない、と判断しました(メトロコマース事件)。会社として少なくない原資の積立が必要である点も配慮されたと思われます。
以上に対し、扶養手当等の諸手当については、職務内容や人事異動等とは関係がなく、あるいは契約社員にも妥当するものである点が重視され、格差は不合理と判断されました(日本郵便事件)。
Q. 最高裁判決が出たことで、会社はどのような対応が求められますか。
A. 同一労働同一賃金の運用は大企業については本年4月から、来年度からは中小企業でも始まります。賞与や退職金の不支給も、場合によっては不合理と判断されることもあります。中小企業の経営者の方々は、今のうちに諸規程を見直す作業を行うことがコンプライアンスの観点からはもちろん、有為な人材を集める観点からも大切です。
R02.11掲載