中小企業の法律相談

福岡の弁護士、近江法律事務所が提供している法律コラムです。

事業承継の一歩目

事業承継ガイドラインとは

事業承継を考えるに当たっては、事業承継ガイドライン(以下「ガイドライン」といいます)が有用です。事業承継ガイドラインは、中小企業庁において、中小企業経営者の高齢化の進展等を踏まえ、円滑な事業承継の促進を通じた中小企業の事業活性化を図るため、事業承継に向けた早期・計画的な準備の重要性や課題への対応策、事業承継支援体制の強化の方向性等について取りまとめたものです。

事業承継の一歩目

ガイドラインが策定されたこともあり、事業承継は徐々に進みつつあるものの、昨今の新型コロナウイルス感染症の影響もあり、事業承継を後回しにする事業者も少なくありません(ちなみに、ガイドラインによると、九州では後継者不在率が10年前に比べて悪化しているとのことです。)。当該状況を踏まえて事業承継をより一層推進するため、2022年3月にガイドラインの改訂版(掲載データや施策等の更新、従業員承継や第三者承継(M&A)の説明の充実、後継者目線での説明の充実)が出されました。

本稿では、ガイドラインを踏まえて、事業承継に向けた5ステップ、事業承継が必要な理由、事業承継に向けた一歩目について概観したいと思います。

事業承継に向けた5ステップ

ガイドラインの主な内容は、事業承継に向けた早期・計画的な取組の重要性(事業承継診断の導入)、事業承継に向けた5ステップの提示、地域における事業承継を支援する体制の強化の3点です。

このうち、事業承継に向けた5ステップは、①事業承継に向けた準備の必要性の認識→②経営状況・経営課題等の把握(見える化)→③事業承継に向けた経営改善(磨き上げ)→④事業承継計画策定/マッチング実施→⑤事業承継の実行/M&A等となっています。

事業承継が必要な理由

事業承継に向けた準備を開始するためには、まず「事業承継に向けた準備の必要性」を認識する必要があります。

そもそも、なぜ事業承継を行う必要があるのでしょうか。ここでは、事業承継の準備等をせずに、「経営者の死去」や「経営者の体調悪化」といった突発的な事情が生じた場合の主なリスクを考えてみたいと思います。

  1. 後継者不在による事業停滞リスク
    中小企業のにおいて経営者の人脈・ノウハウがあるからこそ事業継続ができている場合も少なくないところ、後継者がいなければ、人脈やノウハウの継承が行われず、当該中小企業の事業を継続することができないこともあります。
  2. 銀行取引上のリスク
    一般的には、経営者が死亡したとしても、後継者が決まっており、従来と変わらぬ融資取引が継続できるような場合には、債権保全を必要とする事由がないとして、融資金全額の返還を求められる可能性は基本的に低いとされます。他方、ワンマン経営で事業の継承者が決まっていない場合、結果として経営が悪化して約定返済の遅延や今後の事業継続に懸念があるときには、一般的には、従来と変わらぬ融資取引が継続できない等として、融資金全額の返還を求められる可能性があるとされております。融資金全額の返還を求められると、資金繰り悪化等の事情から会社経営が一気に傾くことすらありえます。
  3. 判断能力低下による会社運営の停滞リスク
    会社の重要事項は株主総会で決定します。中小企業では経営者は大株主であるケースも多く、経営者兼大株主が判断を下せない状況になれば、大株主の株主権行使ができなくなります。そうすると、株主総会での決議ができなくなり会社運営が停滞してしまいます。
  4. 株式離散による会社運営の停滞リスク
    経営者が死去すると、何も対策していなければ、当該経営者が保有していた株式は遺産となり遺産分割の対象になります。遺産分割協議等が整い後継者に全株式を相続させることができればよいですが、法定相続分どおりに株式を承継することにした場合には、株式を各相続人が承継することになり、株式が離散することになります。株式が離散すると、会社経営に非協力的な者が株主となる可能性も排除できないため、会社運営が停滞してしまうおそれがあります。
  5. 小括
    以上のとおり、事業承継に向けた準備をしないことには様々なリスクがあるので、その準備を早期に進めておく必要があるのです。

事業承継に向けた一歩目

経営者の方々におかれましては、事業承継や後継者問題について相談する予定がない、相談相手がいないという方も多いのではないかと思います。実際に事業承継に向けた準備をどのように進めていけば良いのでしょうか。なお、ガイドラインでは、事業承継に向けた準備の着手時期は、現経営者の60歳時点を目安としております。

この点、ガイドラインでは、事業承継の準備状況などを簡易に確認するための事業承継診断を推奨しています。事業承継診断とは、主に金融機関の営業担当者や商工会・商工会議所などの担当者が顧客企業等を訪問する際、診断票に基づく対話を通じ、経営者に対して事業承継に向けた準備のきっかけを提供する取組です。

そこで、経営者にとっては、まずは金融機関や商工会・商工会議所の経営指導員をはじめ顧問税理士・顧問弁護士などに声をかけてみることが、事業承継に向けた一歩目となります。また、各都道府県にある事業承継・引継ぎ支援センターでは、公的相談窓口として中小企業の事業承継にかかわるワンストップサービスが実現しており(当該センターには、後継者不在の事業者の方が創業希望者を探すことができる「後継者人材バンク」という支援制度もあります)、当該センターに相談してみることも事業承継に向けた一歩目です。

事業承継に関する主な支援策

事業承継に関しては、事業承継・引継ぎ補助金や法人版事業承継税制(特例措置であれば贈与税・相続税の100%が猶予、一般措置であれば贈与税の100%、相続税の80%が猶予される税制)等があり、様々な支援策があります。経営者の方におかれましては、一度、事業承継に関して専門家等に声をかけてみてはいかがでしょうか。

R04.06掲載

※掲載時点での法律を前提に、記事は作成されております。