中小企業の法律相談

福岡の弁護士、近江法律事務所が提供している法律コラムです。

改正相続法と事業承継

相続法(民法)等の改正

2018年7月、相続関係の見直しを行う「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律」(改正相続法)と、法務局において遺言書を保管するサービス等を行う「法務局における遺言書の保管等に関する法律」(遺言書保管法)が成立し、前者は原則として2019年7月1日から、後者は2020年7月10日から施行されることとなりました。

今回の法改正は、高齢化の進展等の社会情勢の変化に対応するために行われたもので、被相続人の死亡により残された配偶者の生活への配慮等の観点から、

改正相続法と事業承継

(1)配偶者居住権の創設(2020年4月1日施行)、(2)婚姻期間が20年以上の夫婦間における居住用不動産の贈与等に関する優遇措置(2019年7月1日施行)、遺言の利用を促進し、相続をめぐる紛争を防止する観点から、(3)自筆証書遺言の方式緩和(2019年1月13日施行)、(4)法務局における自筆証書遺言の保管制度の創設(2020年7月10日施行)、その他、(5)預貯金の払戻し制度の創設、(6)遺留分制度の見直し、(7)特別の寄与の制度の創設、(8)相続の効力等に関する見直し(いずれも2019年7月1日施行)などの改正が行われ、各施行日から段階的に施行されます。

今回は、改正相続法等が事業承継にどのような影響を及ぼすかについて、A社の全株式を保有する経営者甲が、長男丙にA社の事業を承継させるため、長男丙にA社株式全て(相続開始時の評価額2億円)を、妻乙にA社を債務者として担保設定をした不動産全て(相続開始時の評価額8000万円)を、長女丁に預貯金全て(相続開始時の預貯金額2000万円)を相続させる旨の遺言をしたという事例に基づき、解説したいと思います。

(6)遺留分制度の見直しと事業承継

今回の法改正において、事業承継に最も大きな影響を及ぼすのは、遺留分制度の見直しです。

遺留分とは、相続において法律上取得することが保障されている相続財産に対する一定割合をいいますが、旧法では、遺留分減殺請求が行使されると、当然に共有状態が生じました(物権的効果)。そのため、前記事例で、長女丁が遺留分減殺請求をすると、長男丙と長女丁との間でA社株式の準共有状態(丁の持分は91/1072で16,977,611円相当)が生じ、また、妻乙と長女丁との間でも不動産の共有状態(丁の持分は7/1072で522,388円相当)が生ずることとなり、例えば、長男丙がA社株式以外に十分な資産を有していない場合には、円滑な事業承継が阻害されました。

しかし、改正相続法では、遺留分を侵害された者は、遺贈等を受けた者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の請求をすることができるとされたため(金銭債権化)、前記事例では、丁は、丙に対する16,977,611円の金銭、乙に対する522,388円の金銭を請求できるのみで、株式や不動産の共有状態は生じないこととなりました。また、改正相続法では、遺贈等を受けた者が金銭を直ちに準備できない場合には、裁判所に対し、支払期限の猶予を求めることができることとされたため、丙がA社株式以外に十分な資産を有していない場合でも、裁判所が許与した期限までに資金を調達することで、株式の処分等を避けられる可能性も出てきました。

このように、法改正により、特定の財産を受遺者等に与えたいという遺言者の意思がより尊重される仕組みとなりました。

また、旧法では、贈与された時期や認識を問うことなく、被相続人が相続人に生計の資本等として贈与した財産(特別受益)が遺留分算定の基礎財産に算入されたため、何十年も前の生前贈与が争われることが往々にしてあり、遺留分の確定が困難になっていました。

しかし、法改正により、遺留分算定の基礎財産に算入される特別受益の時期が、相続開始前10年以内に限定されたため(ただし、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与したときには、それより前になされたものも基礎財産に含まれます。)、贈与から10年経過後に被相続人が死亡した場合は、原則として、その贈与は遺留分算定の基礎財産に算入されないこととなりました。

今後は、事業承継の手法として、生前贈与を活用するケースも増えると思われます。

その他の制度として、「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」(経営承継円滑化法)における民法の特例を用いる方法もあります。

非上場株式に係る相続税・贈与税の納税猶予制度(事業承継税制)や金融支援措置を総合的に行うことで、事業承継の円滑化を図る制度で、推定相続人全員と後継者が合意し、所定の手続きを経ることで、後継者が生前贈与等より先代経営者から取得した自社株式(非上場株式)について、遺留分算定の基礎財産から除外することができるため、この制度を利用すれば、被相続人が贈与から10年以内に死亡した場合や、遺留分侵害について悪意の場合にも、遺留分侵害額を低額に抑えることが可能となります。

(3)自筆証書遺言の方式緩和、(4)法務局における自筆証書遺言の保管制度の創設、(8)相続の効力等に関する見直しと事業承継

旧法下では、「相続させる」遺言をした場合、受遺者は、対抗要件(登記等)を具備することなく、権利取得を第三者に対抗できる(絶対効)と解されており、また、遺言執行者が選任されている場合には、相続人が遺言に反して相続財産を処分しても、当該処分は無効であり(絶対的無効)、受遺者は、対抗要件を具備することなく、第三者に対抗できると解されていました。

しかし、改正相続法では、法定相続分を超える部分の権利取得については、対抗要件を具備しなければ第三者に対抗できないこととされ、また、第三者が遺言執行者が選任されていることを知らなかった場合にも、対抗できない(無効を主張できない)こととされました。

そのため今後は、相続開始後、速やかに遺言を執行し、対抗要件を具備することが重要となります。

この点、旧法では、自筆証書遺言は検認が必要とされたため、遺言を執行するまでに時間を要しましたが、改正相続法では、自筆証書遺言保管制度を利用した場合には、検認は不要とされたため、遺言書で遺言執行者を選任することで、スムーズな遺言の執行が可能となります。

自筆証書遺言の方式が緩和されたことと相まって、今後は、自筆証書遺言保管制度が利用されるケースも増えると思われます。

このように、相続法等の法改正により、円滑な事業承継のための選択肢が増えましたので、ニーズに合わせ、使い分けてください。

R1.7掲載

※掲載時点での法律を前提に、記事は作成されております。