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子どもの自転車事故の話~加害者の場合と被害者の場合~
近時、自転車事故について、学校やPTAから保護者に注意を喚起する連絡がしばしばなされています。読者の皆様には学齢期のお子様をお持ちの方も多いのではないかと思います。今回は子どもの自転車事故についてお話しましょう。
Q.自転車事故を起こした小学生が直接の加害者である事案で、子どもの親が高額な賠償金を命じられたケースがあると聞きました。
A.平成25年の神戸地裁の事案ですね(*1)。
Q.どのようなケースだったのでしょうか。
A.事故を起こしたのは11歳の小学校5年生の児童、被害者は事故当時62歳の女性でした。スイミングスクールからの帰り道、住宅街の急勾配の坂道を児童が自転車に乗って駆け下りていたとき、坂道を歩いてのぼっていた女性に気づくのが遅れ、正面衝突しました。自転車の速度は20~30km/時でかなりのスピードが出ていました。季節は初秋の9月、時刻は午後6時50分、晴れの日でした。女性は2.1メートル跳ね飛ばされ、重篤な傷害を負いました。
Q.具体的な被害状況はどのようなものだったのですか。
A.急性硬膜下血腫、脳挫傷、頭蓋骨骨折で約10カ月入院しましたが、事故後6カ月で症状は固定し(*2)、意識は回復せず植物状態となり、四肢も動かない状態となったのです。
Q.損害の内容はどのようなもので、裁判所が認めた金額は幾らでしょうか。
A.裁判所は、治療費として300万円(概数。以下同じ)、装具代(頚椎カラー)4万円、入院雑費27万円(1500円/日)、入院付添費109万円、休業損害143万円(専業主婦として算定23万6400円/月)、受傷による慰謝料300万円、後遺症慰謝料2800万円、後遺障害による逸失利益2190万円(専業主婦として平均余命の稼働可能期間に基づき算定)、将来の介護費3940万円(8000円/日として平均余命に基づき算定)、合計9811万円という損害額を算定しました。ただ、国民年金の障害基礎年金の受給部分は差し引き、最終的には9500万円の賠償を命じました。なお、歩行中の女性には何の落ち度もないことから、過失相殺はありませんでした。
Q.約1億円というとても高額の賠償が認められたのですね。でも、直接の加害者は11歳の児童ですので、支払うことは不可能ではないでしょうか。
A.実は、女性は被害者を被保険者とする損害保険、すなわち人身傷害補償保険の対象となっていたことから、保険金6000万円が下りていました。そこで、女性には差額の3500万の賠償金が、保険金を支払った保険会社には6000万円の求償金(*3)が認められました。
Q.11歳の児童が被告になったのですか。
A.いえ、裁判では親が被告になりました。親の子どもに対する監督責任が問われました。
Q.自動車事故もそうですが、自転車事故も、いつ自分が被害者になるかわかりませんし、逆にいつ加害者になるかもわかりませんね。
A.そこがこの種の事案で皆さんが関心をもつ大きな理由で、実際に子どもが加害者であるとき、被害者の立場では、補償は十分受け得るのか、一方、加害者の立場になってしまったときは、親である自分の責任はどうなるのか、がそれぞれ心配になるところです。
Q.子どもの自転車事故で、法的責任はどうなるのか整理してください。
A.法的には、子ども自身の賠償責任については年齢による明確な規定はなされておらず、判例では概ね12歳未満の子どもは賠償の法的責任は負わない、12歳以上では負う、と判断されていると言われています。しかし、現実的には子どもには賠償能力はありませんので、子どもの親の責任が問われてくるのです。監督者責任と言われるものです(*4)。
Q.親の監督者責任が認められても、高額になると親自身も支払えないのでは。
A.そのとおりです。そこでまず、加害者側でも被害者側でも、使える損害保険がないか、を良く調べることがとても重要となります。
Q.具体的にはどういうことでしょうか。
A.加害者を被保険者とする賠償責任保険が使えないか 、あるいは、先に述べた人身傷害補償保険が使えないか、という点をチェックすることです。
Q.そういえば、子どもが小中高校生であればPTAが保険契約(PTA賠償責任保険)を結んでいることが多いと聞いたことがありますが、これは使えるのでしょうか。
A.使えるでしょう。手元の(社)全国高等学校PTA連合会のパンフレットによると、対人・対物合算で1億円まで保険金が支払われ、自転車事故は全体の約3割に及んでいる、とのことです。小中学校のPTA連合会(協議会)でも保険加入がなされている例が多いと思われます。したがいまして、被害者側では、この保険を使うことで賠償金を確保することができ、加害者側では、この保険を使うことでその分の賠償金の支払い義務を免れることができる、ということになります。ただ、故意による事故の場合等には保険金は出ませんし、加入の保険会社で支払基準に違いがあるようですので、約款等で確認してください。
Q.子どもが大学生の場合はどうなるでしょうか。
A.大学生にはPTA保険はありませんが、探せば使える保険が出てくる可能性があります。例えば、アパートの入居の際に契約した賃貸住宅入居者向けの保険に個人賠償責任が含まれていないか、大学生協で加入した学生共済に個人賠償責任保険が付いていないか、などです。親の火災保険、自動車保険、都道府県民共済でカバーされている可能性もありますので、是非チェックしてみてください。
Q.その他注意すべき点がありますか。
A.賠償責任保険と人身傷害補償保険のどちらを先に行うか、裁判外の示談か、裁判手続内での解決か、によって実際に受け取る金額に相違が生じたりしますので、弁護士等の専門家に相談するのが良いでしょう。
- *1 神戸地裁平成25年7月4日判決
- *2 これ以上治療を続けても症状は良くならない状態をいいます。
- *3 被害女性に6000万円の保険金を支払った保険会社は、本件事故の最終責任者である加害者(親)に対し立替金の債権を持つことになります。この債権を求償債権といいます。
民法714条1項本文。 - *4 一般的に人身傷害保険の約款は、自動車又は原動機付き自転車による事故を保険事故としていることから、自転車事故は支払いの対象外となります。しかし、中には自転車事故についても保証される旨の特約が付されているものがあります(神戸地裁のケースの保険もそうでした)。ただ、近時、自転車事故を対象からはずした保険会社もありますので、ご注意ください。
R3.9掲載