中小企業の法律相談

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実際の待遇と異なる求人票の記載

待遇を“盛った”求人票は危険です

昨今の深刻な人手不足の影響で、求人をかけてもなかなか応募が集まらないとお悩みの企業も多いのではないでしょうか。

たくさん応募が来るようにと焦るあまり、求人票に、実際よりも誇張した待遇(労働条件)を記載してしまう企業があとを絶ちません。

厚生労働省の統計によると、ハローワークにおける求人票の記載内容と入社後の労働条件が違うという苦情・申出が、平成28年度だけで9299件あり、そのうち3608件において、求人票の記載と実際の労働条件との相違が確認されたということです。

労働条件通知書

厚生労働省も対策に乗り出しました。平成29年3月には職安法が改正され、平成30年以降、虚偽の条件を提示して労働者募集をした者には、懲役刑や罰金刑が科されることになりました。求人票に虚偽の労働条件を記載すると、刑罰の対象となりうるということです。

そればかりか、裁判において、求人票記載の労働条件こそが労働契約の内容であると判断されてしまう可能性もあるのです。

この点が問題となった最近の裁判例(京都地裁平成29年3月30日判決)を見てみましょう。

裁判所が認定した事案の概要

A社は、ハローワークに求人を申込み、求人票には、①雇用期間の定めなし、②定年制なしと明記していました。

当時64歳だったB氏は、「定年制なし」に魅力を感じ応募しました。面接時にも、求人票と異なる労働条件の説明はありませんでした。その後、A社からB氏に採用通知が届きました。

働き始めてしばらくしてから、A社がB氏に「労働条件通知書」を示して署名押印を求めました。そこには、①雇用期間の定め有り(1年間)、②定年制有り(満65歳)と書かれていたのです。どうして求人票の内容と違っているのかという理由説明もありません。既に働き始めていたB氏は、拒否すると職を失うと考え、やむなく通知書に署名押印しました。

1年後、A社は、1年の雇用期間が終了したとして、B氏を雇止めにしました。これに対し、B氏は、求人票の記載どおり雇用期間の定めのない契約だったと主張し、自分は今なお従業員の地位にあるとして、地位確認や賃金支払を求める訴訟を提起しました。

A社は、裁判の中で、「できるだけ多くの人が求人に応募するような応募要領にしよう」という考えから実際と異なる労働条件を求人票に記載したと述べていたようです。

裁判所の判断

裁判所は、次のように判断し、B氏の従業員の地位を認め、賃金支払をA社に命じました。

  1. 求職者は、当然に求職票記載の労働条件が雇用契約の内容となることを前提に雇用契約締結の申込みをするのであるから、求人票記載の労働条件は、当事者間においてこれと異なる別段の合意をするなど特段の事情のない限り、雇用契約の内容となる。A社とB氏の間では、期間の定めがなく、定年制もないという内容の労働契約がまず成立した。
  2. その後にA社が「労働条件通知書」を示しB氏がこれに署名押印した点は、いったん成立した労働契約の内容変更である。しかし、労働条件の重大な不利益変更を受け入れるような行為(書面への署名押印)を労働者がしたとしても、直ちに労働者の同意があったとみるのは相当ではなく、労働者の同意の有無についての判断は慎重にすべきである。本件で、期間の定め及び定年制のない労働契約を、1年の有期契約で65歳定年制とすることは重大な不利益変更にあたる。そして、B氏は、署名押印を拒否すると職を失い無収入になると考えて署名押印したのであるから、自由な意思に基づく行為とはいえず、不利益変更への同意があったということはできない。

判決に対する考察

一般に、求人票は、雇用契約締結の申込みの誘引と位置づけられ、最終的な労働契約の内容になるものではないと考えられてきました。

しかし、求人票を見た人は、求人票記載の労働条件で契約できると期待して応募するのが当然といえます。本判決は、そのような応募者の期待を尊重し、面接時にも労働条件変更の説明をせずに採用通知を出した時点で、求人票記載の労働条件での契約成立を認めました。同様の判断をした裁判例は過去にも複数あります。

今般の職安法改正により、求職票への虚偽の労働条件記載が刑罰の対象とされたことから、求職票記載に対する応募者の信頼・期待はますます高まると思われ、今後は本判決のような判断が増えると予想されます。

また、労働条件通知書への署名押印について、いったん合意された労働条件の不利益変更と位置付けたとことも特徴的です。そのうえで、本判決は、就業規則の不利益変更に応じた労働者の同意について慎重な判断を要するとした最高裁判例(平成28年2月19日第2小法廷判決)の手法を用いて判断しており、同判例の射程を広げるものといえます。

重要な労働条件の事後的な変更はできるだけ避けるべきですし、どうしても変更しなければならない場合は、変更しなければならない理由や変更内容について、丁寧に説明し、真に理解してもらったうえで同意をもらうべきでしょう。

応募したくなる求人へ

人手不足の折、どうしても“盛った”求人票にしたいという誘惑にかられます。しかし、A社のように、安易に実際と異なる労働条件を記載してしまうと、このような深刻なトラブルに発展することがあります。そこまで至らなくとも、人材のミスマッチにより、結局は従業員が定着せず、人手不足は解消されません。

待遇を誇張した求人票は、応募者を一時的に集めることはできても、長い目で見ると会社の評判を下げます。悪い評判は、SNS等ですぐ拡散し、採用活動に悪影響を与えます。

平成29年3月の職安法改正により、これまでの記載事項(業務内容、契約期間、就業場所、労働時間・休日、賃金、社会保険・労働保険の適用)に加えて、試用期間や、裁量労働制・固定残業代制についても明示しなければならないことになりました。

応募を増やすためには、このような法令を遵守しつつ、仕事内容のイメージがわくような説明、会社の特長のわかりやすいアピール、より詳しい待遇面の説明などの工夫により、他社との差別化を図ることが肝要です。

H2018.06掲載

※掲載時点での法律を前提に、記事は作成されております。