中小企業の法律相談
福岡の弁護士、近江法律事務所が提供している法律コラムです。
身元保証について
身元保証とは
企業の採用等の場面では、採用された者が企業に損害を与えた場合に備え、親族等の第三者が企業にその損害を補填する約束をすることを求めることがありますが、これを身元保証と呼んでいます。
この身元保証制度の歴史はかなり古いもので、ある種の商慣習にもなっているともいえます。人材確保の必要性の要請の方が強く、最近では身元保証までは求めないという企業もあるようですが、なお多くの企業が身元保証を求めているようです。必ずしも責任追及のためだけではなく、労働者に連絡がつかなくなったときなどの緊急連絡先にもなるという狙いもあるようです。

法律による規制
身元保証人の責任は、企業に与える損害が対象なので、ともすると過大になる可能性があります。そのため身元保証契約については、責任が過大とならないように、身元保証に関する法律(以下「法」といいます)が様々な規制をしております。
(1)契約期間
身元保証契約に期間の定めがないときは、期間は商工業の見習いは5年、それ以外は3年間に限定されます(法第1条)。
期間を定める場合も、5年を超える期間を定めることはできず、それ以上の期間を定めていても5年に短縮されることとなります(法第2条1項)。
また、契約期間を更新することは可能ですが、その期間も5年を超えるものは認められません(法第2条2項)。
(2)通知義務
使用者は、①被用者に業務上の不適任または不誠実な事跡があり、これにより身元保証人の責任が生じるおそれがあるとき、②被用者の任務、任地が変更となり、これにより身元保証人の責任を加重したり、その監督を困難にするときは、身元保証人に通知をしなければならないこととされています(法第3条)。
後述するように、身元保証人には解約権がありますが、これを適切に行使できるようにするためのものです。
(3)解約権
身元保証人は、前記通知を受けたときや、通知義務が発生する前記事実を知ったときは、将来に向かって身元保証契約を解除することができるようになっています(法第4条)。
(4)責任の制限
被用者が使用者に損害を与えたとしても、身元保証人がその全てについて損害賠償責任を負うということではありません。
被用者の監督について使用者に過失があるかどうか、身元保証契約に至る事由、身元保証契約をするにあたっての注意の程度、被用者の任務、身上の変化など一切の事情を斟酌して、裁判所は損害賠償の範囲を定めることになります(法第5条)。
特に、使用者の監督責任の程度というのは身元保証人の賠償範囲を定める上では重要といえるでしょう。勤務先自らの管理監督が不十分なのに、身元保証人に責任を転嫁していいのかということです。
(5)強行法規
そして、この法律による規制は、強行法規であり、これに反して身元保証人に不利なものは、たとえ当事者で合意していても無効になります(法第6条)。
法の対象となる契約
身元保証契約は「保証」という文言が使用されています。保証とは主債務者がいて、その主債務者が負担する債務が履行されないときに代わりにその債務を履行することをいいます。身元保証契約でいえば、主債務者である被用者が使用者に対して損賠賠償義務を負ったときに、保証人である身元保証人がそれを代わりに履行する義務を負うということになります。
もっとも、法第1条では、「引受、保証その他名称の如何を問わず・・・被用者の行為により使用者の受けたる損害を賠償することを約する」ものが、身元保証契約になるとしており、必ずしも上記のような保証契約ではなくても身元保証契約になるとしております。被用者が損害賠償義務を負うかどうかにかかわらず、被用者の行為により使用者に損害が発生した以上は、身元保証人が責任を負うという契約(損害担保契約などと呼びます)であっても、身元保証契約として法の規制の対象になるのです。
民法(債権法)の規制、民法改正の影響
前述のとおり、身元保証契約には、保証契約の性質を持つものと損害担保契約の性質を持つものがあるのですが、保証契約については、ダイレクトに民法(債権法)による規制を受けることになりますし、損害担保契約であっても類推適用の余地があるとされています。したがって、身元保証契約も民法の保証契約のルールに従い、書面での締結が必要ということになります(民法第446条2項)。
ところで、民法(債権法)は令和2年4月1日施行の改正がされております。個人の保証契約については、一定の範囲に属する不特定の債務を主たる債務とする保証(根保証と呼んでいます)をする場合は、主債務が貸金等でなくても、極度額の定めが必要ということになりました(民法第465条の2)。したがって、令和2年4月1日以降に締結する身元保証契約には極度額の記載が必要となります。
令和2年4月1日より前に締結されている身元保証契約には改正後の民法が適用されませんから、極度額の定めがなくても、期間が満了するまではそのまま有効です。しかし、令和2年4月1日以降に身元保証の契約期間が満了して、更新をする場合は、改正民法が適用されることになるので注意が必要です。つまり、更新後の身元保証契約においては、極度額の定めをしなくてはならないこととなるのです。
身元保証人の死亡
法には規定されておりませんが、身元保証契約は、本人(被用者)と身元保証人の相互の信用に基づくもので、特段の事情がない限りは、一身専属的な契約関係として、相続人には承継されないというのが、判例法理として定着しております。
もっとも、身元保証人が死亡した時点で、既に保証人に対する損害賠償請求権が現実に発生している場合は、その賠償義務は相続人が承継することとなります。
R6.7・8掲載