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債権の仮差押えを活用した債権回収のすすめ

債権回収の場面において、「相手方に資力は十分にあるし、支払いを拒絶しうるだけの明確な理由もないのに、交渉が遅々として進まず支払をしてもらえない」ということがあると思います。そのような場合に、相手方との債権回収に関する交渉を一気に前進させられる可能性のある手段として、債権の仮差押えという法的手続があります。

債権の仮差押えとは、民事保全手続(裁判手続)の一種で、債権者の将来の金銭債権の実現を確保するために、当該金銭債権の現状を維持(保全)するものをいいます。

通常、金銭債権を実現しようとすると、訴訟(本訴)を提起して、金銭の支払を命ずる判決(債務名義)を取得したうえで、強制執行をすることが必要になります。しかし、判決を取得するまでには、ある程度の時間を要しますので、その間に、債務者が当該金銭債権を自分で回収するなどし、せっかく時間をかけて判決を取得したとしても、いざ強制執行をしようとしたときには、既に、お目当ての金銭債権が存在せず、強制執行が空振りに終わってしまうという事態が想定されます。そのような事態に陥らないよう、暫定的に、債務者が当該金銭債権を処分することをできなくしてしまうというのが、債権の仮差押えなのです。

債権の仮差押えを活用した債権回収のすすめ

このように、本来、仮差押命令が発令された後は、本訴を提起して判決を取得し、強制執行をして、仮差押えをした当該金銭債権を差押え(本差押え)、当該金銭債権を取り立てるという形で回収に結びつけるという流れが想定されています。

しかし、実務上は、仮差押命令が発令されると、本訴を提起するまでもなく、これまで難航していた交渉がうそのように進み、解決に至るというケースが大半です。

これは、債権仮差押命令は、債権者の申立てと債権者が提出する訴明資料だけに基づいて、債務者に知られることなく発令されるため(密行性)、債務者にとってみると、何の予兆もなく、ある日突然、裁判所の債権仮差押命令が取引先(第三債務者)に届けられ、取引先からの連絡を受けて、初めて債権仮差押命令が発令されたことを知ることになるという手続の流れが、大きく影響しているのではないかと思われます(なお、手続上、債務者への送達は、取引先に対する送達よりも後になされます)。債務者にとってみると、通常、例えば銀行などの重要な取引先には、不払いの債務があることを知られたくありません。これが知られた場合、取引先から事実関係の確認がなされるとともに、解決を急ぐように言われるのが通常です。そして、早急に解決できない場合には、債務者の信用に傷がついてしまい、取引先との今後の取引に支障が生じてしまうことが懸念されます。そのため、債務者としては、のらりくらりと交渉を続けるわけにはいかず、急ぎ解決する必要が出てくるのです。

以上のとおり、債権仮差押えは、つぼにハマれば大変効果のある債権回収方法になりますが、全ての案件において用いることができるわけではありません。

まず、債権仮差押えは、書面審理のみで発令されるのが通常であるため、債権仮差押命令が発令されるための要件である①被保全権利(本訴を予定している給付請求権)及び②保全の必要性(本訴による解決を待てない緊急性)を、書面をもって疎明する必要があります。日頃から書面による債権管理を徹底している会社であれば、疎明資料を集めるのにさほど苦労はないと思われますが、書面による債権管理を徹底していない場合には、疎明資料不足で申立てを断念せざるを得ないことも考えられます。

次に、債権仮差押命令は、書面審理によって、債権者の言い分は一応確からしいと裁判所が判断した場合に発令される暫定的な命令ですので、実は、債務者にも言い分があり、本訴では、債務者が勝訴するなどの別の結論になるという事態も考えられないわけではありません。そのため、裁判所は、違法・不当な保全執行等によって万一債務者に損害が発生した場合に備え、発令前に、債権者に担保(保証金)の供託を命じるのが通常です。担保額は、裁判所が事案に応じて決めますので、一概には言えませんが、債権仮差押えの場合、当該仮差押命令申立事件における請求債権額の2~3割程度になるのが一般的です。つまり、例えば請求債権額が5000万円であれば、1500万円程度の保証金を準備しておくことが必要になるのです。この保証金は、裁判所から連絡があった後、1週間程度の間に供託することを要します。そして、一度供託した保証金は、事案が解決するなどして、一定の手続きをとるまで取り戻せません。つまり、債権仮差押えをするには、請求債権額の3割程度の、しばらくは使わなくてよい余剰金の持ち合わせが必要になるのです。

また、債権仮差押えにおいては、いかに効果的な第三債務者(債権のありか)を探し出せるかが問題になります。せっかく保証金を供託して債権仮差押命令の発令を受けても、空振りに終わっては意味がありませんし、当該債務者にとって大して重要ではない取引先に対する債権を仮差押えしたとしても、やはり効果は半減します。また、債権仮差押えの対象となる金銭債権は、仮差押えを受けた取引先(第三債務者)が他の債権と区別しうる程度に特定することを要しますので、銀行の預金債権などの定型的な債権であれば格別、仮差押えをしようとする債権が売掛金などの非定形的な債権の場合、いかに当該仮差押債権を特定するかという問題も生じます。仮差押債権を特定するためには、ある程度、債務者と取引先(第三債務者)の取引の中身を把握しておくことが必要になるので、日頃の債権管理において、債務者の取引先の社名・住所や、債務者の取引先との取引内容に関する情報を聞き出しておくことが重要になります。

これまで債務者に資力が十分にある場合を念頭に置いて、債権の仮差押えの効用について述べてきましたが、仮に相手方の経営状態が芳しくなかった場合、債権の仮差押えによって債務者の資金繰りが狂い、債務者を倒産に追い込んでしまうという事態も皆無ではありません。せっかく仮差押えに成功しても、債務者が倒産してしまうと、当該債権仮差押えは、失効したり、取り消されたりして、結局、優先的な回収を受けられなくなってしまう点には、注意が必要です。

以上、債権の仮差押えは、大変効果のある債権回収方法になりえます。債権の仮差押えの効用を十分に踏まえたうえで、最大の回収を目指して、債権の仮差押えを活用してみてはいかがでしょうか。

H24.02掲載

※掲載時点での法律を前提に、記事は作成されております。