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精神障害の労災認定基準が改正されました

精神障害の労災認定

今日、うつ病などの精神障害を患っている人は少なくなく、同僚や部下がうつ病になったという話を聞くこともあるのではないかと思います。うつ病などの精神障害は、さまざまな要因で発病します。年初から発生している地震や航空機事故のような災害や事故の経験がきっかけになるかもしれませんし、家族や知人とのトラブルがきっかけになるかもしれません。「コロナ鬱」という言葉も生まれたように、感染症の流行が原因となることもあります。仕事の失敗や業務多忙など、仕事がきっかけとなることもよくあることですが、発病が、仕事による強いストレスによるものと判断される場合には労災として認められることがあります。

精神障害の労災認定基準が改正されました

精神障害の認定基準

うつ病などの精神障害は、現場作業中にケガをしたという場合と違って、業務に起因するものかどうかの判断が難しいところがあります。そこで、精神障害による労災請求事案については、平成23年に定められた「心理的負荷による精神障害の認定基準」(以下「認定基準」といいます。)に基づき、労災認定が行われてきました。

認定基準では、労災として認定されるためには、①対象となる精神障害(うつ病や急性ストレス反応、適応障害など)を発病していること、②対象となる精神障害の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷(ストレス)が認められること、③業務以外の心理的負荷(事件や事故、家族の死、離婚、多額の借金など)や個体側要因(既往歴、アルコール依存状況など)により発病したとは認められないことという要件を満たすことが必要とされています。

業務による強い心理的負荷(ストレス)が認められるという要件(上記②)については、発病前おおむね6カ月の間に実際に発生した業務による出来事を、認定基準別表の「業務による心理的負荷評価表」の出来事にあてはめて判断し、総合評価が「強」と判断されれば、この要件が満たされることになります。同評価表においては、業務に関連する出来事を、「特別な出来事」と「特別な出来事以外」に分けて評価しています。

●「特別な出来事」…生死にかかわる業務上の病気やケガをした、業務に関連して他人を死亡させた、強姦や本人の意思を抑圧して行われたわいせつ行為などのセクシャルハラスメントを受けた、発病直前の1か月におおむね160時間を超えるような時間外労働を行ったなど

●「特別な出来事以外」…多額の損失を発生させるなど仕事上のミスをした、達成困難なノルマが課された、複数名で担当する業務を1人で担当するようになった、上司・同僚・部下とのトラブルがあったなど(29項目)

そして、「特別な出来事」がある場合には心理的負荷の総合評価が当然に「強」と判断され、「特別な出来事以外」の出来事しかない場合には、その出来事それ自体と、当該出来事後の状況の全体を検討して総合評価を行い(心理的負荷の強度を「強」「中」「弱」と評価)、「強」と判断された場合に労災認定されることになります。

認定基準の改正

厚生労働省の「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会」は、近年の社会情勢の変化や労災請求件数の増加等を踏まえて、認定基準全般について検討を行い、報告書を取りまとめました。この報告書を受け12年ぶりに認定基準が改正されました。

業務による心理的負荷評価表の見直し

業務による心理的負荷評価表において、「特別な出来事以外」の具体的出来事として新たな出来事が追加され、また、心理的負荷の強度が「強」「中」「弱」となる具体例が詳細に記載されました。

たとえば、昨今、問題となっているいわゆるカスタマーハラスメント(「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」)や、「感染症等の病気や事故の危険性が高い業務に従事した」が具体的出来事として追加されています。

また、パワーハラスメントも明示され、具体例として、上司等による「暴行による身体的攻撃」、「人格や人間性を否定するような、業務上明らかに必要性がない又は業務の目的を逸脱した精神的攻撃」「必要以上に長時間にわたる叱責、他の労働者の面前における威圧的な叱責など、態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える精神的攻撃」、「無視等の人間関係からの切り離し」、「業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことを強制する等の過大な要求」、「業務上の合理性なく仕事を与えない等の過少な要求」、「私的なことに過度に立ち入る個の侵害」といった、いわゆるパワハラ6類型が具体例として挙げられています。

精神障害の悪化の業務起因性が認められる範囲の見直し

業務以外の心理的負荷により発病して治療が必要な状態にある精神障害が悪化した場合(もともと仕事とは関係のない個人的な事情がストレスとなってうつ病を患っていたがそれが悪化したような場合)には、悪化の前に業務による心理的負荷があったとしても、直ちにそれが悪化の原因であるとは判断できません。精神障害に罹患している人はささいな心理的負荷に過大に反応することもあり、また、もともとの精神障害が自然経過によって悪化する過程において、たまたま業務による心理的負荷が重なったにすぎないということもあるからです。

そのため、改正前の認定基準においては、悪化の場合には、悪化前おおむね6か月以内に「特別な出来事」が認められる場合でなければ業務起因性が認められないとされていました。もっとも、「特別な出来事」は、上記のとおり、特に強い心理的負荷がかかる出来事に限定されていますので、労災認定のハードルは高かったといえます。

今回の改正により、「特別な出来事」がない場合であっても、「特別な出来事以外」の出来事による強い心理的負荷により精神障害が悪化したと医学的に判断される場合には、業務起因性が認められ、悪化した部分が労災として認められることになりましたので、労災と認められる範囲が広がったといえます。

医学意見の収集方法を効率化

改正前の認定基準では、自殺に係る事案等については、専門医3名の合議による意見を求めることが必須でしたが、改正後は、特に困難なものを除き専門医1名の意見で決定できるようになり、より迅速に判断ができるようになったといえます。

R5.2掲載

※掲載時点での法律を前提に、記事は作成されております。