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相続と死亡保険金の話~相続財産か、また特別受益となるのか~

企業経営者をはじめビジネスに携わる皆さまにおかれては、万一のときのために死亡保険の契約をするなど準備をしている方も多いかと思います。しかし、遺産分割協議時に死亡保険金を巡って相続人の間で問題となる場面が少なくありません。

相続と死亡保険金の話~相続財産か、また特別受益となるのか~
Q.生命保険契約を締結するにあたり、死亡保険金の受取人を指定することができます。死亡保険金は被保険者が死亡したときに支給されますが、同時に被保険者について相続が発生します。そこで、生命保険金は被保険者の相続財産になるのか、について、まずお尋ねします。

A.保険金が死亡保険の場合、特定の人が指定されていたときは、その者が被保険者の法定相続人であろうがなかろうが、死亡保険金は相続財産ではありません(*1)。

Q.それはなぜですか。

A.相続というのは、被相続人が所有する財産を相続人が承継する、ということですよね。では、死亡保険金請求権がどんな権利かというと、被保険者の死亡により初めて具体化するもので、保険契約者または被保険者から「承継」して取得するものではありません。したがって、相続財産ではない、保険金受取人は自己固有の権利として死亡保険金を取得するのだ、と考えられています。

Q.保険金受取人を「相続人」と指定していたときはどうですか。

A.そのときも、相続財産にはなりません。相続人を確定するにあたっては、民法の相続の規定に従いますが、やはり保険金請求権自体は相続財産ではないのです(*2)。なお、「相続人」という指定には、特段の事情のない限り、相続分の割合に指定するという趣旨に理解するものとするのが判例で(*3)、法定相続分の割合で取得するものとなります。

Q.保険契約者は受取人を指定せず、保険約款で「指定のないときは保険金を被保険者の相続人に支払う」との条項があったときはどうでしょうか。

A.その場合も受取人を「相続人」と指定した場合と異ならず、相続財産にはなりません。

Q.満期保険金の受取人を契約者自身とし、満期後契約者が死亡した場合はどうですか。

A.この場合は相続財産となります。なぜなら、満期保険金請求権は、保険契約の効力発生と同時に契約者自身の財産となるので、満期後に契約者が死亡した場合を考えると、契約者たる被相続人が満期保険金を取得すると考えられるからです。以上のように、基本的には死亡保険金は相続財産ではないのですが、相続税の算出にあたっては、死亡保険金は相続財産として扱われる点はご注意ください(みなし相続財産と呼ばれます)。

Q.わかりました。でも、被相続人が生前に死亡保険金の掛け金を支払っていたわけで、それなのに死亡保険金は相続財産にならない、というのは腑に落ちないところです。

A.なるほど。しかし、保険の掛け金の合計額と支給される死亡保険金とは同額ではないですよね。両者イコールでない点も死亡保険金は相続財産ではない理由の一つです。ただ、死亡保険金は特別受益を考える場面で問題となります。

Q.具体的に教えてください。まず、「特別受益」とは何ですか。

A.共同相続人の中で、生前被相続人から生計の資本として贈与を受けたり、死亡時に遺贈を受けた者がいるなどしたときに、これら贈与(遺贈)を無視して遺産分割をすると相続人間の公平を害するので、これらを考慮すること(これを「持戻し」といいます)を民法は定めています(民法903条)。「特別受益制度」と呼ばれるものです。
次のケースで考えてみましょう。

【ケース1】Xには、子ABCがおり、X死亡時には6000万円の預金があるが、 Cは、Xから生前に特別に1500万円を貰っていた。

A.この場合、遺産の全体の額は、6000万円+1500万円=7500万円であるとして、各人はその3分の1(各々2500万円)を取得する、具体的には、預金からABは各2500万円を、Cは1000万円のみを取得する(Cの取得分は、先の1500万円とあわせ2500万円となる)、ということになります。この1500万円が「特別受益」となります。

Q.最終的に、ABC全員が平等の取扱いとなるのですね。

A.「持戻し」が認められないという例外的ケースもありますが、原則として、「特別受益」は遺産分割の際考慮されることになります。では、次のケースはどうなるでしょうか。

【ケース2】Xには子ABCがおり、Xの相続財産は6000万円の預金のみで、そのほか600万円の死亡保険金があり、受取人はCと指定されていた。
Q.法定相続分はABC各々3分の1、相続財産は預金のみなので各自の取得額は2000万円、死亡保険金は相続財産ではないのでこれは全てCが取得、最終的には、ABは各々2000万円の取得、Cはこれに死亡保険金を加えた2600万円の取得となる、のではないでしょうか。

A.そのとおりです。では、次のようなケースはどうでしょうか。

【ケース3】ケース2で、X死亡時の預金額は9000万円、死亡保険金額は1億円、であった。
Q.今までの説明に従うと、AとBは各々預金の3000万円を取得し、Cはこれに加え死亡保険金の1億円を貰うので、合計1億3000万円を取得するのではないでしょうか。

A.形式的に考えるとそのとおりです。しかし、ABの取得額と比べ、CはABの4倍以上の金額を取得することになり、いかにも不公平のように思いませんか。

Q.確かに、ケース2では、各人の取得額の差はそうでもなかったですが、ケース3では取得額の差が大きく、その点でケース2とケース3では異なりますね。だけど、死亡保険金は相続財産ではないのだから、やむを得ない結論では。

A.実は、最高裁は、やむを得ないと割り切った判断をしていないのです。つまり、保険金受取人として指定された者が共同相続人の一人であった場合には、保険金受取人である共同相続人と他の相続人との不公平が到底是認できないほどに著しいものと評価すべき特段の事情があるときは、死亡保険金請求権が「特別受益」と評価される可能性を認めています(*4)。この最高裁の考えを当てはめると、ケース3では、具体的な金額はともかく、Cの取得する額は一定程度、減額されることになる可能性があります。

*1 大判昭11.5.13民集15-877

*2 最判昭40.2.2等

*3 最判平6.7.18

*4 最決平16.10.29

R04.02掲載

※掲載時点での法律を前提に、記事は作成されております。