中小企業の法律相談

福岡の弁護士、近江法律事務所が提供している法律コラムです。

海外進出における贈収賄という落とし穴

はじめに

多くの日本企業が海外に進出する昨今、日本企業が外国の公務員に賄賂を贈ったとして摘発される例が増えています。

摘発の理由は不正競争防止法に止まりません。諸外国の海外腐敗防止法制、特に米国の海外腐敗行為防止法(FCPA)が適用されるケースもあり、その場合、賄賂を提供した社員個人に対する罰則だけでなく,会社も巨額の罰金の支払いを命じられることになります。例えば、平成23年に日本企業2社がナイジェリアの公務員に賄賂を贈ったとして摘発されたケースでは、FCPA違反として米国司法省に摘発された結果、1社は2億ドル、もう1社は約5500万ドル相当の罰金を科されました。また、平成26年にも日本企業がインドネシアの公務員に賄賂を贈ったとしてFCPA違反の疑いで調査を受け、8800万ドルの罰金を支払っています。

こうした海外贈収賄に伴うリスクは、会社の存亡にかかわるものになりかねません。

そこで今回は、あまり馴染みがない方もいらっしゃるかと思われる海外腐敗行為防止法(FCPA)についてご説明した上で、具体的なリスク管理体制の在り方についてお話ししたいと思います。

海外進出における贈収賄という落とし穴

米国の海外腐敗行為防止法(FCPA)が日本企業に適用されるリスク

海外腐敗行為防止法(FCPA)は、米国の企業等が、米国以外の政府関係者・公務員に対して、賄賂行為を行うことを禁止する法律です。

  1. 適用の対象者
    この法律は基本的には、米国上場企業等を対象としていますが、「贈賄行為の一部」が米国内で行われた場合には一般の日本企業であっても適用対象になります。
    ここにいう「贈賄行為の一部」は賄賂の授受に限られません。例えば、米国内の銀行口座に賄賂が送金された場合や、賄賂に関する共謀をメールが米国内のサーバーを経由したり、そのメールの受信した者が米国内にいた場合も含むと解釈されていますので、そういった事象に関しては日本企業にFCPAが適用されるのです。
  2. 適用の対象行為
    FCPA は、外国公務員に対する、合理的かつ善意の範囲を超えた外国公務員に対する利益の供与を禁止していますが、注意しなければならないのは、外国公務員に対して直接利益を提供した場合だけでなく、第三者を介して利益を提供した場合も 適用対象になり得る点です。例えば、海外進出の際に現地のコンサルタントに依頼したような場合でも、当該コンサルタントによる贈賄行為の可能性を認識していたと評価されれば、FCPA 違反として処罰される可能性があります。
  3. 罰則
    罰則の重さにも注意が必要です。FCPAに違反した場合、個人は 10万ドル以下の罰金及び5年以下の禁固、法人は 200万ドル以下の罰金とされていますが、違反行為によって利益を得、又は損害を生じさせた場合には、その利得又は損害の2倍まで罰金を加重することが可能とされています。FCPA 違反の多くの事件では、高額の罰金が科されていますが、この規定によるものと思われます。

贈収賄防止体制の未整備により役員が個人責任を問われるリスク

以上のようなリスクを念頭においたリスク管理体制(コンプライアンス体制)を整備しておかなければ、会社が海外腐敗行為防止法の適用を受け多額の罰金を負担する事態になった場合、役員の善管注意義務違反、内部統制システム整備義務違反の問題に発展することになります。

FCPAに違反した企業の役員が、株主代表訴訟で、株主等から損害賠償請求を受ける・・・今はそういう時代なのです。

一方で、十分なリスク管理体制が構築され、実際に機能していれば、万が一従業員等が贈賄行為を行った場合でも、企業自身は罰則を免れるケースもあり得ます。

企業が整えるべき海外贈収賄防止体制

では、企業は具体的にどのような贈収賄防止体制を整えればいいのでしょうか。

例えば、次のような体制を整備することが考えられます。

  1. 海外贈収賄禁止を明記する社内規制の制定
    「外国公務員に対する接待や贈答を禁止する」といった非現実的なものでは意味がありません。ガイドラインを示す等の方法によって、許容される接待や贈答の範囲(目的や金額、回数等)を明確に謳う必要があります。
    また、接待や贈答を行う際の承認手続を明記し(事前承認制が望ましいでしょう)、原則として事前承認を得ていない支出は認めないことを明確にしておくべきです。そして、こうした承認手続の過程と支出をきちんと記録・書面化しておくことも重要です。
    一方で、規則の実効性を担保するために、違反行為に対する厳しい処分を明記しておくことも忘れてはいけません。
  2. 社員研修・教育
    単に法的な知識を教えるだけでなく、社員にとって、「なぜ贈収賄が禁止されるのか」「賄賂を求められた場合にどう行動すればよいのか」といったことが具体的に理解でき、行動の指標となるような内容の社員研修・教育を継続的に行うことが重要です。
  3. 内部通報制度の活用
    社内規則において、社員に対し贈賄に該当するおそれのある事象を把握した場合の報告義務を課すことは当然として、報告先である上司自身が当該事象に関与していたり、報告を受けても放置ないし隠ぺいするリスクに備えて、内部通報制度を活用することが重要です。
  4. 内部監査等によるモニタリング
    海外贈収賄防止に特化した監査を内部監査計画に盛り込み、定期的に内部監査を実施することが、リスク管理の実効性の確保に繋がります。

最後に

以上述べてきたように、海外に進出する企業にとって、海外贈収賄リスクに備えるべくリスク管理体制を整えることは急務です。

とはいえ、そうした管理体制を機能させる前提として不可欠なのは、経営者が自ら社員に対し『贈賄を断ったために商談を失おうと、あるいはその国から撤退することになろうと、贈賄行為は絶対に許容しない』という毅然とした姿勢を示すことではないでしょうか。

H28.11掲載

※掲載時点での法律を前提に、記事は作成されております。