中小企業の法律相談

福岡の弁護士、近江法律事務所が提供している法律コラムです。

グループ会社間の取引にご用心

【1】はじめに

グループ会社の一つ(甲株式会社。以下「甲社」といいます。)を救済するために、グループの他の会社(乙株式会社。以下「乙社」といいます)が、甲社所有の販売用不動産で売れ残った賃貸用マンション1棟を買い受け、売買代金でもって借金を返済する、という計画を立てたとします。どちらの代表取締役もAです。ありそうな話ですね。

しかし、大きな問題点があります。どこかおわかりですか。

グループ会社間の取引にご用心

【2】問題点その1~自己取引

担当のD取締役は考えました。「ともに代表者が同一なので、甲社と乙社とが契約をするには、甲社、乙社ともに、取締役会を開いて承認を得なければならないな」。

そのとおりです。本件では会社法356条の取締役の自己取引の規制が働きます。これに違反すると、当該取引は無効となりますし、当該取締役は職務違反となります。

取締役会にかけて承認を得るためには、マンションの明細、売買代金額、支払い方法を明らかにしなければなりません。重要な資産の処分(購入)であれば、会社法362条4項1号からも取締役会の承認が要求されるところとなります。

さらに、取引実行後においては、取締役会に事後報告をしなければなりません。

なお、自己取引の明細は計算書類の付属明細書に各別に記載されることとなります。

【3】問題点その2~取引の合理的理由

「そうだとして」と担当取締役Dは考えます。「取締役会に諮るにしても、甲社を救済するためとしていいのだろうか」

否です。乙社にとって不要、不利益な取引であれば、後日、株主から損害賠償の責任を問われる危険があります。購入理由には合理的理由が必要です。

そこで、例えば、乙社については、本件マンションの購入が、資産形成、固定収入の確保、節税という合理的な理由があるということを説明することとなります。他方甲社については、本件土地の売却代金により銀行へ債務を返済し、有利子負債を減らす必要がある、他方本件土地は甲社の今後の業務にとって必要なものではない、と説明することとなるでしょう。

したがいまして、間違っても甲社救済のためなどとしてはいけません。

【4】問題点その3~代金額の決定

さらにD取締役は考えます。「問題は金額だな。金額が不当に高ければ問題となるだろう。しかし、甲社を救済するためにはできるだけ高く算定する必要がある。そうだ。プロの不動産鑑定士に時価を鑑定してもらおう」

こうして、乙社は、F不動産鑑定士に鑑定を依頼しました。F不動産鑑定士は要望に沿い、できるだけ高額に鑑定しようと、言ってくれました。出てきた評価額は、5億6500万円。希望よりやや低かったものの要望に近い金額でした。鑑定書は本件マンションを貸家及びその敷地として収益還元法により算定していましたが、粗利回り法を採用していました。

D取締役は粗利回り法というのはよくわかりませんでしたが、不動産鑑定士の鑑定が出たことで安心しました。

その後、甲社と売買代金額を協議し、3000万円ほど上乗せして5億9700万円と売買代金を設定、取締役会に上程しました。乙社の取締役会では、A社長、B専務、D取締役、E取締役が賛成しましたが、C常務は棄権し、結論として賛成多数で承認を得ました。

こうして甲社と乙社は本件マンションを5億9700万円で売買する契約を締結し、代金の決済がなされました。

D取締役は役目を終え、ほっとしました。

【5】訴訟の被告に

ところが、その後、乙社の株主であるXから、AないしEらは損害賠償の訴訟を提起されました。被告らは1億7000万円を支払え、というのです。Dが驚いたのは言うまでもありません。どこに落ち度があったというのでしょうか。

訴状を見ると、次のことが記載されていました。

  1. 本件代金額は5億9700万円とされているが、高くても4億0700万円であり、乙社は差額金1億9000万円の損害を蒙った。
  2. 本件取引は専ら甲社を救済するためのもので、不採算物件を乙社に押し付けたものであり、その目的において違法・不当である。
  3. したがって、AないしEは、乙社に対する忠実・善管注意義務違反として1億9000万円の賠償責任がある。

Dは「馬鹿な」と思いました。本音は甲社救済でしたが、形としては、購入目的もきちんと理論武装できているし、取締役会の決議も資料を添えている。売買代金も鑑定までとっており、負けるはずはないと思いました。

訴訟が始まり、原告被告それぞれが攻防を尽くしました。3年後にでた判決はどうだったでしょうか。

【6】判決

「被告らは乙社に対し、連帯して1億9000万円を支払え」

これが第1審の判決でした。つまり、本件売買の目的は、甲社救済であり売れ残っていた販売用不動産を乙社に買い取らせたというものであること、金額も乙社のとった鑑定の手法は、あくまで不動産業者が販売価額の設定の目安として用いる手法であり、正式な鑑定手法として採用されているものではないこと、そこで正常価額を検討するにG不動産鑑定士が鑑定した4億0500万円が相当な金額であること、したがって、不当に高い価額で乙社に買わせていること、その結果乙社は購入代金捻出のための金融機関からの借り入れにより売上高の2倍もの借入を抱えることとなり、たとえ賃料収益(年間1800万円)を考慮しても右収益の率を倍以上上回る借入を余儀なくされており、その元利金の返済が乙社の経営の足を引っ張っていることが認められること、AないしEらには故意又は過失があったと認められること、そうすると本件取引により蒙った乙社の損害1億9000万円を賠償する義務がある・・・。

読者の皆さん、どうですか。取締役の責任というのは、いかに重いものかということがおわかりになられましたか。

企業の法令遵守(コンプライアンス)はとても重要であり、脱法は許さない、という強い裁判所の意思が読み取れます。なお、控訴審では、取締役会の決議で棄権をしたC常務の責任は否定されましたが、その他の結論は、最高裁まで争われた結果、第一審と同じでした(以上、事案は最判平成12年10月20日を参考にしてモデファイしています)。

法令遵守の重みを肝に銘じてください。

H15.07掲載

※掲載時点での法律を前提に、記事は作成されております。