中小企業の法律相談

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誤解が多い?経営者保証ガイドライン

平成25年12月、日本商工会議所と全国銀行協会が設置した経営者保証ガイドライン研究会が、「経営者保証に関するガイドライン」(以下「経営者保証ガイドライン」といいます)を策定しました。

経営者保証ガイドラインは、平成26年2月1日から適用されており、金融庁や中小企業庁による要請のもと、既に多くの金融機関が同ガイドラインに則した対応を始めています。

経営者保証ガイドラインは、経営者保証契約の合理的なあり方を示すとともに、法人の整理局面における保証債務の整理を公正かつ迅速に行うための準則を定めたものであり、大きく、

  1. 保証契約時の対応と、
  2. 保証債務の整理時の対応

とに分けられます。

経営者保証ガイドラインは、(1)保証契約時の対応として、一定の要件を満たす場合に、経営者保証がなくても融資を受けられるようにすること等を求めており、(2)の保証債務の整理時の対応としては、一定の要件を満たす場合に、法人が破綻した場合でも、一定期間の生計費に相当する額や華美でない自宅などを残存させること等を求めています。

誤解が多い?経営者保証ガイドライン

経営者保証ガイドラインは、従来の融資慣行の変更を迫るものであるため、多くの金融機関は負担に感じていることでしょう。他方で、これまで重い保証債務の責任を負ってきた経営者は、その責任から解放される制度として期待を抱いていることでしょう。

しかし、ガイドラインの中身を詳細にみていくと、金融機関に対する一方的な負担のもと、経営者を保証債務から解放することを目的とした制度ではないことが見て取れます。

例えば、(1)保証契約時の対応についてみると、経営者保証がなくても融資を受けられる要件として、

  1. 法人と経営者の資産等が明確に区分されていること、
  2. 法人に財務基盤の強化が認められること、
  3. 法人から財産状況の正確かつ適切な開示等が行われること

などが挙げられています。

オーナー企業では、経営者が法人の事業活動に必要な資産(本社・工場等)を所有していることがありますが、その資産を経営者の都合により自由に処分できない場合(例えば、当該資産が法人の資金調達のために担保提供されている場合)など、一定の要件を満たさなければ、資産の分離は認められません。

また、財務基盤の強化についても、業績が好調で、借入を順調に返済し得るだけの利益を確保する可能性が高いことや、業績はやや不安定でも、内部留保が潤沢で借入金全額の返済が可能であることなどが認められる必要があります。

財産状況の開示についても、単に年に1回、貸借対照表、損益計算書を提出するだけではなく、決算書上の各勘定明細の提出や、試算表・資金繰り表等の定期的な報告などが必要になります。

これらの要件を満たしうる中小企業は、概して優良企業といえ、金融機関としても、経営者保証がなくても融資に応じやすい相手といえるでしょう。これらの要件を満たしうる中小企業はそれほど多くなく、経営者保証がなくても融資を受けられる中小企業は限定されそうです。

次に、(2)保証債務の整理時の対応についてみると、一定期間の生計費に相当する額や華美でない自宅等を残存させることが可能になる保証人は、早期の事業再生等の着手を決断し、金融機関の回収見込額を増加させた者に限られます。

これは、早期の事業再生等の着手を決断し、金融機関に一定の経済合理性を与えた者に、相応のインセンティブを与えようとするもので、従来は、個人保証の責任が足かせになって早期の事業再生に着手できず、傷口が広がった後にようやく整理手続に入ったり、整理手続を躊躇している間に資産等が散逸し、整理手続を行う資力すらなくなったりする事態が生じていましたが、そのような事態に陥る前に整理手続に入ることを促すことで、金融機関と保証人とでウィン‐ウィンの関係を目指すものと理解できます。

そのため、破産手続きにおける自由財産の範囲を超えて、一定期間の生計費に相当する額や華美でない自宅等を残存させることが可能になるには、

  1. 法人の整理手続の終結前に保証人の整理を開始すること(法人の整理手続が終了した場合は、保証人に自由財産の範囲を超えた財産を残すことを認める経済合理性がなくなるため、遅くとも法人の整理手続終結前であることが必要になります)、
  2. 早期の事業再生等の決断により、法人及び保証人が破産手続きを行った場合の回収見込額の合計金額よりも多くの回収が得られる見込みであることといった要件を満たすことが必要となります。

そして、残存資産に含めることができる資産についても、一定期間の生計費に相当する額は、1日当たりの「標準的な世帯の必要生計費」として、民事執行法施行令が定める額(33万円)が参考にされますし、期間も、雇用保険の給付期間の考え方が参考にされるなど、一定の制限を受けます。華美でない自宅についても、回収見込額の増加額が上限とされるなど、金融機関にとっても、保証人の資産の残存を認めることに一定の経済合理性が認められる場合に限られるのです。

このように、保証人に残存資産を認めるのは、金融機関に一定の経済合理性が認められる場合に限られることから、経営者保証ガイドラインに沿って保証債務の減免・免除を行っても、保証人に対する利益供与はないとして、保証人にも金融機関にも課税関係は生じないこととされているのです(中小企業庁及び金融庁から国税庁に確認済みとされています(「経営者保証に関するガイドライン」Q7-32)参照)。

経営者保証ガイドラインは、同ガイドラインの適用開始日以前に締結した保証契約について遡及的に適用されるわけではありませんが、適用開始日以前に締結した保証契約についても、同ガイドラインで掲げられている要件を充足する場合には、既存の保証契約の見直しや保証債務の整理を図る際に、同ガイドラインの適用を受けるとされており、既存の保証契約の保証人についても、同ガイドラインの適用をうけるチャンスはあります。

経営者には是非、経営者保証ガイドラインの要件を満たしうる、財務基盤が強く透明性の高い会社運営を目指していただきたいと思いますし、金融機関には、躊躇することなく、同ガイドラインに沿った取り組みを行っていただきたいと思います。

H26.5掲載

※掲載時点での法律を前提に、記事は作成されております。