中小企業の法律相談

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ベトナムへ企業進出する際に知っておくべき労務問題

はじめに

先日、「朝日新聞」に「日本企業のベトナム進出が再びブームを迎えている」という記事が載っていました。

日本国内の人手不足を背景に、日本の中小企業が若者を求めてベトナムに拠点を移す例が増えているようで、昨年の新規投資件数は過去最高に達したそうです。

では、実際に日本の企業がベトナムへ進出する場合、どのような点に留意すべきなのでしょうか。

そこで、今回は,ベトナムの労働環境の特徴と雇用形態をご紹介したいと思います。

ベトナムへ企業進出する際に知っておくべき労務問題

2 特徴その1:賃金が年々上昇している

ベトナムでは最低賃金額が法律で決められていますが、注意すべきなのは、その金額がほぼ毎年のように政府によって引き上げられているという点です。

具体的な最低賃金額(月額)は政令により、地域毎に定められますが、2014年1月1日以降の最低賃金額は、ハノイ市、ホーチミン市、ハイフォン市などの地域(「第1地域」と区分されています)で、 270万VND (1万 VND = 約48円)と、前年度より14.9%も上昇しています。

なお、厳密にいえば、産業ごとに産業別最低賃金額が産業別団体交渉を経て設定されるのですが、その額は、上記地域別最低賃金を下回ることは出来ません。

気になるのは、こうした傾向が今後も続くのかどうかという点ですが、そもそも最低賃金の引き上げの背景には、消費者物価の著しい上昇から労働者を守ろうという政府の政策的要請があると言われています。

そのため、消費者物価が上昇し続ける限りは、最低賃金の上昇も続くものと思われますが、近年、ベトナム政府は物価抑制策も講じており、最近では消費者物価指数(CPI)上昇率も低水準に落ち着きつつあります。

したがって、今後は、ベトナム政府の政策とその効果を見守っていく必要がありそうです。

3 特徴その2:人材確保が困難

ベトナムの労働者の特徴として、ASEAB諸国の中で最も転職率が高いという点が挙げられます。

転職の主な要因としては、給与・福利厚生面が最も大きいようですが、その背景には多くの従業員が、妻子だけでなく、両親、親戚縁者なども扶養しており、給与水準に関心を持たざるを得ないという事情があるようです。

したがって、雇い入れる会社としては、合理的な給与・福利厚生の体系を整えるとともに、労働者の能力に見合った昇給・昇進の機会を与えるなど、優秀な労働力を確保し、その退職を極力抑えるような対応をとる必要があります。

4 ベトナムにおける雇用形態

では、ベトナム人労働者を雇用する場合、どのような雇用形態が考えられるのでしょうか。

  1. 労働契約の形式
    まず、労働契約を結ぶ際には、期間が3ヶ月未満の一時的な雇用の場合を除き、労働契約書を作成しなければなりません。
  2. 労働契約の種類
    そして、労働契約の種類は、
    1. 期間の定めのない契約と
    2. 期間の定めのある契約
    の2つに大きく分けられ、後者はさらに、(ア)12ヶ月から36ヶ月までの期間を確定した契約と、(イ)12ヶ月未満の契約とに区別されます。
    ただし、(イ)の12カ月未満の契約は、季節性のある業務等に関して締結することが予定されている契約ですから、12カ月以上の期間従事することが一般的とされる業務に関して12カ月未満の労働契約を締結することは、原則として認められていません。
    また、36カ月以上の期間の定めのある労働契約を締結した場合、期間の定めの部分は無効ですから、結論として期間の定めのない労働契約と評価される可能性があります。
  3. 有期雇用契約の再契約(更新)
    2の期間の定めのある契約の期限が満了した場合、使用者は更新・再契約をする義務はありませんが、期間満了後も労働者が引き続き就労している場合には、30日以内に新しい労働契約を締結しなければなりません。
    この期限内に新しい労働契約を締結しなかった場合、従来の契約が、(ア)12ヶ月から36ヶ月までの期間を確定した契約であった場合には期間の定めのない契約に、(イ)12ヶ月未満の契約であった場合には24ヶ月の有期雇用契約になります。
    また、期間の定めのある契約は一度だけ再契約することができますが、その後も労働者が引き続き就労する場合は、期間の定めのない契約を締結しなければなりません。
    このように、有期雇用契約の更新について細かい規制がある点も、ベトナム労働法の特徴と言えます。
  4. 試用期間に関する規制
    ベトナムでは、季節性のある業務に関する場合を除き、使用者と労働者が、試用期間中の条件について合意した上で試用契約を締結することができます。
    試用期間は、1つの業務に対して1回のみ設定でき、短大卒以上程度の職位については60日間、職業訓練学校・専門学校・技術労働者・事務補助職経験者程度の職位については30日、その他の業務については6営業日が上限とされています。
    使用者は、試用期間中に当該労働者によって履行された業務内容が、試用契約締結時に合意した要件を満たさなかった場合には、事前通告なしに契約を解除することができ、補償義務も負いませんが、試用期間中の労働者の業務が満足なものであった場合には、試用期間満了後に労働契約を締結しなければなりません。
    また、使用者は、試用期間中、同種業務に対する賃金の85%以上に相当する賃金を支払わなければならないとされており、その負担は小さくありません。

5 最後に

以上のように、ベトナムの労働環境や労働法制は日本とは大きく異なっています。また、ベトナムでは日系企業に対するストが度々起こっており、問題視されていることも事実です。

しかし、ベトナムが日本企業にとって将来性のある市場であることは否定できません。

そうした意味では、ベトナムの労務法制に通じた弁護士などの専門家と連携しつつ、ベトナムの国民性にも配慮した労務管理体制を築くことが出来れば、ベトナム進出による大きな飛躍が期待できると言えそうです。

H26.6掲載

※掲載時点での法律を前提に、記事は作成されております。