中小企業の法律相談

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約款の新ルール

民法の改正による約款の新ルールの重要性

民法のうち債権法と呼ばれる契約に関する規定が改正される見込みであることは、報道等でご承知のことと思います。

改正の内容は多岐にわたりますが、消滅時効、法定利率、保証、債権譲渡約款等が注目の改正項目といわれております。どれも重要な内容ですが、不特定多数の顧客を相手として、画一的な約款による契約をしてきた事業者としては、今般初めて民法で規定されることとなる約款についてのルールは、押さえておかなくてはならないものとなるでしょう。このルールを知らずに、これまでと同様に約款を使い続けていると、思わぬ落とし穴があるかもしれません。約款を利用している企業経営者としては、改正民法で規定される約款についての規定を踏まえ、改正後の実務の準備を始めておかなくてはなりません。

約款の新ルール

約款が民法改正において議論された経緯

運送約款、旅行約款、引越約款、宅配約款、保険約款、クレジットカード約款、請負契約約款、預金約款など現代社会では様々な約款が利用されています。約款は、大量の取引を合理的、効率的に行うため、いちいち条項を確認しながら合意内容を確定していくことなく、予め定められた画一的な契約条項に拘束力を認めるところに意義があるといえます。

しかし、契約をする前に約款を読み込むような人はまずいないと思います。そうであるのに、約款が作成されているというだけで、常にそれに拘束されてしまうということでいいのでしょうか?また、約款に記載されていることは、どんな内容でも効力があるとしてしまっていいのでしょうか?

今般の民法改正は、そのような問題意識を出発点としております。民法にはこれまで約款についての規定が全くなかったので、民法で一定のルールを定めようということになったのです。

約款新ルールの内容

  1. 定型約款
     民法の改正要綱では、まず「定型約款」という概念を定義しています。これは、「約款と呼ばれているものは多種多様のものがあるが、その中から民法の規定する定型約款に該当する場合に、一定の効果を認め、また諸ルールが定められた」という意味に理解するといいと思います。つまり、「定型約款」に該当しない場合は、新しい民法上のルールの適用はないということです。したがって、約款での取引をしている事業者としては、その約款が「定型約款」に該当するものであるかをチェックしておく必要があります。
     要件1は、「ある特定の者が不特定多数の者を相手方として行う取引」についてのものである必要があります。事業者間の取引などは、不特定多数相手ではないので、該当しないことが多いと思います。
     要件2は、「取引の内容の全部又は一部が画一的であることがその双方にとって合理的なもの」である必要があります。合理性を要求されていますので、大企業と中小企業間のように交渉力の差によって画一的となっているようなものは該当しないことになります。
     要件3は、上記の取引において、「契約の内容を補充することを目的としてその特定の者により準備された条項の総体」である必要があります。契約内容を個別に検討したような場合はこれに当たらないことになります。
     このような要件からすると、消費者との契約での約款が「定型約款」に該当することが多いと思われます。
  2. 約款の条項の拘束力
     上記の定型取引を行うことを合意した者が、
    ア)定型約款を契約の内容とすることを合意したとき、
    イ)定型約款を準備した者が予め定型約款を契約の内容とすることを相手に表示していたときは、定型約款の個別の条項についても合意したものとみなされます。つまり、約款の個別条項に相手方が拘束されるということです。
     「●●約款を承認のうえ・・」、「本取引には●●約款が適用されます」などの文言がある契約書の締結などの工夫が必要となるでしょう。
  3. 内容の規制
     もっとも、定型約款がどんな内容であっても拘束力があるということではありません。
    ア)相手方の権利を制限し、または相手方の義務を加重する条項で、
    イ)その定型取引の態様及びその実情並びに取引上の社会通念に照らして信義則に反して相手方の利益を一方的に害するものは、「合意をしなかったもの」とみなされ、拘束力は生じません。
     この規制は、消費者契約法10条と同様の規制ですから、事業者としては十分に注意が必要です。
  4. 内容の表示
     また、定型取引合意の前か、定型取引合意の後相当な期間内に相手方から請求があった場合には、「遅滞なく」、「相当な方法で」、定型約款の内容を示さなくてはなりません。これを拒絶すると、定型約款の個別の条項についても合意したものとみなされないこととなってしまいます。
    もっとも、予め定型約款を記載した書面を交付し、または電磁的記録で提供していた場合は、重ねて定型約款の内容を示す必要はありませんので、請求されてからではなく、予め定型約款の交付や提供をしておきたいところです。
  5. 内容の変更
     いろいろなことを想定して作成した約款であっても、時間の経過によりその内容を変更する必要が生じることはありうることです。しかし、定型約款を準備した側が一方的に無制限に変更できるというのは行き過ぎです。そこで、民法改正では定型約款の変更のルールも定めることとしています。
     ア)変更が相手方の一般の利益に適合するとき、イ)変更が契約の目的に反せず、かつ、変更の必要性、変更後の内容の相当性、約款の変更をすることがある旨の定めの有無、その内容その他変更に係る事情に照らして合理的であるときは、変更後の定型約款について合意があったものとみなされ、個別の合意は必要ないとされています。この要件自体は抽象的ですが、定型約款を変更しても拘束力がないといった事態にならないように、変更の際は上記に該当するかどうか十分な検討をしておくべきでしょう。
     また、上記イ)の変更をするときは、変更の効力発生時期を定めた上、a.定型約款を変更する旨、b.変更後の定型約款の内容、c.効力発生時期をインターネット等で周知しなくてはならないという手続上のルールも定められます。

H27.4掲載

※掲載時点での法律を前提に、記事は作成されております。