中小企業の法律相談

福岡の弁護士、近江法律事務所が提供している法律コラムです。

善管注意義務と企業倫理

一 取締役の善管注意義務

取締役には法律上様々な義務が課せられていますが、最も広範な義務としては、善管注意義務をあげることができます。

この取締役の善管注意義務は、実は商法に直接の規定はありません。どこから導かれるかというと、「会社と取締役との間の関係は委任に関する規定に従う」(商法第二五四条三項)との規定から、委任に関する「受任者は委任の本旨に従い善良なる管理者の注意をもって委任事務を処理する義務を負う」(民法第六四四条)という規定に基づいて義務を負うことになります。つまり、取締役は会社からの委任されている立場にあり、会社に対して善管注意義務を負うということになるのです。

善管注意義務と企業倫理

二 取締役の会社に対する損害賠償責任

株主代表訴訟等では、取締役の会社に対する損害賠償責任が問題とされます。

その根拠となるのが、商法第二六六条ですが、その一項五号には取締役が「法令または定款に違反する行為をなしたるとき」というものがあります。この法令には、前述した民法第六四四条に基づく善管注意義務も含まれてきます。

つまり、取締役が善管注意義務に違反して会社に損害を与えた場合は、取締役は会社に対して損害賠償責任を負うということになるのです。これはもちろん、個人としての責任ですから、会社は何の負担を共有するものではありません。会社取引による損害を補填する訳ですから、その額も甚大なものとなります。それだけ、取締役の責任は重いということがいえるでしょう。

三 善管注意義務とは

では善管注意義務とはどのような義務でしょうか。

前述した民法の条文では「善良なる管理者の注意をもって委任事務を処理する義務」と表現されていますが、今ひとつその内容はピンとこないかもしれません。

なかなかわかりやすい定義づけは難しいのですが、あえていえば「通常の注意深い者が、同じ取締役の地位にあって、同じような状況におかれた場合、注意するであろうことに注意して職務を遂行する義務」ということになるでしょうか。

ここで注目すべきは、「通常の注意深い者」というところです。基準は自分自身ではなく、仮想の注意深い人間となるのです。

善管注意義務を果たすには、常にあるべき取締役像を頭に描いて行動しなくてはならないということになります。

四 企業倫理

主として金融界でよく使われる言葉に「コンプライアンス」という言葉があります。ちょっと聞きなれない言葉ですが、金融界では既に定着した言葉といってよいでしょう。

この言葉は、本来「命令等に従う」という意味ですが、むしろ使われ方としては、「企業倫理を遵守する」という意味合いで使われています。従来、ともすると金融界では、「法律に違反していなければいい」という発想があり、リスク管理が十分にされていなかったため、世間を騒がす大事件が起きたりしました。そのような事件を一つのきっかけとして、「倫理」が盛んに言われるようになったのです。

とすると、このことはもちろん金融界だけのことではありません。全ての業界において、企業倫理が要求される時代となったといえるでしょう。「会社の利益のためには、多少の法律違反は構わない」から「法律にさえ違反しなければいい」へ、そしてさらに「法律はもちろんのこと企業としての道徳規範も遵守しなくてはならない」という時代となったのです。

このような時代背景からすると、取締役の善管注意義務も、単に法令の遵守に留まらず、企業倫理の遵守までもが要求されてきたと言えるのではないでしょうか。つまり、取締役が企業倫理に反して業務執行をした結果、会社に損害を与えた場合、善管注意義務に反したとして、その損害を賠償しなくてはならないことも十分考えられるのです。

では、取締役としては、企業倫理を遵守するため、どのような努力をしていくべきでしょうか。

まず第一に、各企業の業態に応じて、企業倫理に従った行動規範を作成することが肝要であると思います。いわゆる企業倫理のマニュアル化です。何かが起きたときに考えるというのでは、企業倫理を徹底することは難しいでしょう。むしろ、これまでの経験に照らし、日常的に発生する様々なケースを想定し、どう取り組むことが企業倫理に照らして相当かということを、検討しまとめ上げることが有益です。ここでは、これまでのように「会社の利益のため」というのが免罪符にならない点に注意を要します。また、具体性に乏しいマニュアルは無意味です。如何に具体的で明示的なマニュアルを作り上げることができるかがポイントとなるでしょう。

第二に、そのマニュアルが全社員に徹底されるような教育体制を構築することです。マニュアルは、それが日常的に守られてこそ意味があるものです。業務執行の責任を持つ取締役は監督責任も負っているので、自らが企業倫理を遵守することはもちろん、社員等へも倫理教育を施すなどして社員に徹底させて初めて善管注意義務を果たしているといえるのです。企業によっては、倫理担当の取締役を置いて、定期的な研修を実施し、さらには業務報告書等で日常的にマニュアルが遵守されているかどうかチェックできるような工夫をしているようです。

H12.11掲載