中小企業の法律相談

福岡の弁護士、近江法律事務所が提供している法律コラムです。

油断ならない営業譲受後の挨拶状~商法二八条~

一 営業譲渡と債務の承継

事業再構築の方法の一つとして、営業譲渡が行われることは珍しくはありません。

営業譲渡に関しては、有名な最高裁判例があり、「営業譲渡とは、一定の営業目的のため組織化され、有機的一体として機能する財産の全部または重要な一部を譲渡し、それにより、譲渡会社がその財産によって営んでいた営業的活動の全部または重要な一部を譲受人に受け継がせ、譲渡会社がその譲渡の限度に応じて競業避止義務を負う結果を伴うものをいう」とされております。

一 営業譲渡と債務の承継

やや難解な表現ですが、要するに、不動産や動産、債権といった個別の財産の譲渡ではなく、顧客関係等も含んだ営業活動ごと譲渡することに特徴があります。

個別の財産の譲渡ではないので、営業譲渡により移転するのは、工場や売掛金といったプラスの財産だけではなく、営業により生じた債務も移転するのが通常です。

譲り受ける方としては、なるべく債務を承継したくはないでしょうが、営業活動ごと承継したいのであれば、営業によって生じた債務も引き継ぐことは避けられません。

もっとも、営業譲渡も契約であり、オートマチックに譲渡人の全ての債務を引き継ぐ訳ではありません。承継される債務は当事者間の合意により定まることになります。

通常は、営業行為から直接生じた債務については承継させ、それ以外の債務については、承継の対象外としているようです。例えば保証債務などは、営業そのものによって直接生じた債務ではないとして、承継の対象外とすることが多いと思われます。

譲渡会社の状況によっては、詐害行為の問題等も起こり得ますが、それはさておくと、このような承継の対象外となった保証債務などは、譲渡会社に残ったままで、譲受会社は責任を負わないということになるのです。

二 挨拶状

営業譲渡を受けた会社は、今後の営業のため譲渡会社の取引先に挨拶状を出すのが通例と思われます。

前述のとおり、「承継される債務は当事者間の合意によって定まる」というのですから安心して、あえて保証債務は承継していないとはせず、多少のリップサービスを込めて、「○○の営業譲渡を受けました。今後の取引は、当社が従業員共々、業務を引き継ぐと共に、債権債務を責任をもって継承いたします。」という挨拶状の内容となることもあると思います。

ところが、このような何気ない挨拶状により思わぬ落とし穴にはまることがあるのです。

三 商法二八条(債務引受広告)

商法二八条は、営業譲渡があり、商号を譲受会社が引き続き使用しない場合であっても、営業の譲受人が譲渡人の営業によって生じた債務を引き受ける旨の広告をしたときは、債権者は譲受会社に対して弁済の請求ができると規定しています。

これは、営業譲渡があって、譲受人が譲渡人の営業によって生じた債務を引き受けるという広告をしたときは、債権者としては、譲渡人の営業によって発生した債権については、譲受人に承継されているものと信じるのが通常なので、その信頼を保護する規定と考えられています(外観法理とか表示行為の禁反言などと言われています)。

いくら営業譲渡の当事者間で、「この債務は承継しない」と合意していても、譲受人が譲渡人の営業によって生じた債務を引き受けるという広告をしたときは、譲受人が責任を負ってしまうのです。

では、「債務引受の広告」とはどういうものをいうのでしょうか。最高裁の判例では、「債務を引き受ける旨の文言の記載がなくても、社会通念上、債権者において、営業譲受人が譲渡人の営業によって生じた債務を引き受けたものと信じるものと認められるような趣旨の広告であれば足りる」としています。商法二八条が、表示行為に対する債権者の信頼を保護する規定なので、債権者が承継を信じるのは無理がないというものであれば、「債務を引き受けます」という明確な文言までは必要ないということでしょう。前述した例では「今後の取引は、当社が従業員共々、業務を引き継ぐと共に、債権債務を責任をもって継承いたします。」というもので、債権債務を継承するとまで表現されているので、取引先に広く配布された挨拶状であることからすると、「債務引受広告」に当たってしまうでしょう。

では、譲渡人の「営業によって生じた債務」とはどんなものでしょうか。仕入代金のように営業行為から直接発生する債務がそれに当たることは当然でしょう。むしろ、そのような債務は、営業譲渡の契約において、承継の対象となっているでしょうから、商法二八条の問題は起きないと考えていいでしょう。問題となるのは、前述したような保証債務のように、営業行為から直接的に発生したものではない債務です。この点が問題となった裁判では、地方裁判所は「譲渡人が本来目的とする営利活動に限定されず、その付属的商行為によって生じた債務も含まれる」として、保証債務も商法二八条にいう「営業により生じた債務」に当たると判断しています。

四 実務上の留意点

普通、挨拶状が法的な効果を生んでしまうとは考えないものです。会社が印鑑を押捺した契約書等があって初めて責任を負うと考えるのが普通でしょう。

確かに、挨拶状の記載により、法的な責任を負うというケースは稀かもしれません。しかし、現に商法二八条のような規定も存在するのです。こればかりでなく、不当景品類及び不当表示防止法といった広告自体を規制する法律もあります。

挨拶状や広告文書といったものでも、それを出すことにより将来法的責任を負うこともありうるということを心得、慎重を期す必要があると思います。

H14.07掲載

※掲載時点での法律を前提に、記事は作成されております。