中小企業の法律相談

福岡の弁護士、近江法律事務所が提供している法律コラムです。

労働審判制度

1 個別的労働紛争の増加と新しい解決のための法制度の必要性

労働組合や労働者集団と使用者との間での労使紛争というのは、最近減少しているようです。しかし、労使紛争自体が減少したわけではなく、団体ではない個々の労働者と使用者との間の労働紛争は、かなり増加しているようです。

そのような個別的労働紛争については、行政による紛争解決システムが準備されていますが、司法上解決手段は、通常の民事事件と同様のツールである調停や訴訟があるだけで、必ずしも紛争解決手段としては十分なものではありませんでした。もちろん、法の支配の下では、紛争は最終的には訴訟により解決すべきではあります。しかし、いろいろな工夫がされてきているとはいえ、訴訟は時間がかかるというのが相場です。訴訟に至る前に、迅速で柔軟な解決ができる司法制度があれば、紛争の多くが解決できるのではないかということで作られたのが、「労働審判制度」です。

労働審判制度

この制度を規律する法律は、労働審判法(以下は、単に「法」といいます)ですが、同法は平成一六年五月二二日に公布されており、その日から二年以内に施行されることとなっておりますので、平成一八年四月一日からの施行となることと思います。

もちろん、労働紛争はないに越したことはありません。しかし、使用者としては、労働紛争、とりわけ個別的労働紛争は常に発生可能性があると考えておくべきですし、その解決ツールである新しい制度については、理解しておくべきであると思います。後述するように本制度は極めて迅速に進行する制度です。制度の基本的な理解ができていないと適切な対応ができないことにもなりかねません。その意味においても、使用者としても、この制度をきちんと把握しておくべきでしょう。

2 労働審判制度の概要

  1. はじめに
     労働審判制度とは、簡単に言うと、個別的労働紛争について使用者あるいは労働者が裁判所に申立をすると、労働審判官、労働審判員二名による労働審判委員会が、原則三回の審理をして、調停あるいは審判をすることにより、当該紛争を解決する制度です。
     紛争の解決が裁判所でされること、労働審判委員会による審理であること、調停のみならず審判という判断もすること、原則三回で審理を終えるというものであることが特徴的です。
  2. 対象となる紛争形態
     法第一条では、「労働契約の存否その他の労働関係に関する事項について個々の労働者と事業主との間に生じた民事に関する紛争」がその対象となるとなっております。
     したがって、集団的労働紛争のように個々の労働者との紛争ではない場合や賃上交渉のような労働関係上の権利義務に関する紛争ではない場合は対象にはなりませんが、個別労働紛争であれば幅広く対象になるということになります。
  3. 労働審判委員会
     審判手続は、裁判官である労働審判官一名と労働関係に専門的知識や経験を有する労働審判員二名により構成される労働審判員会により行われます。
     労働審判員は、労使の各推薦団体から推薦を経て、研修を実施し、最高裁判所が任命することになっています。
     ここで注目すべきは、労働審判員は単に審判手続に参加するだけではなく、評決の権利を持ち、審判は三名の過半数による決議によることになります。
     このように労働審判員を関与させていることから、専門的な知識経験に裏付けられた調停や審判が期待されます。
  4. 迅速性
     法第一五条二項は、「労働審判手続においては、特別の事情がある場合を除き、三回以内の期日において、審理を終結しなければならない。」とされております。調停ではなく審判となる事案では、三回目が審判となるので、証拠等は二回目までに全部出しておかなくてはならず、当事者は大変ですが、三回で終了するという迅速さは、この制度の極めて特徴的なところで、制度を支える生命線ともいえます。
     なお、この迅速性を支えるため、就業規則の不利益変更を巡る労働紛争のように、事案の性質上、労働審判手続を行うことが紛争の迅速かつ適正な解決のために適当でない場合は、労働審判委員会は審判手続を終了することができることとなっています(法第二四条一項)。
  5. 柔軟性
     法第一条では、「調停の成立による解決の見込みがある場合にはこれを試み」となっています。つまり、常に審判という労働審判委員会の判断による解決を目指すのではなく、労使の話し合いにより解決可能な場合は、積極的に調停を試みようというのです。
     また、法第二〇条二項は、「労働審判においては、当事者間の権利関係を確認し、金銭の支払、物の引渡しその他の財産上の給付を命じ、その他個別労働関係民事紛争の解決をするために相当と認める事項を定めることができる。」となっており、審判となった場合も、訴訟における判決のように一刀両断ではなく、柔軟な解決策を提示できるようになっております。
  6. 訴訟との関係
     労働審判委員会による審判に対して、不服のある当事者は、二週間以内に異議の申立ができることとなっています(法二一条一項)。異議の申立がされると、審判は効力を失い、労働審判手続の申立時に訴訟の提起があったとみなされ、訴訟に移行することになります(法二二条一項)。前述した、事案の性質上、労働審判手続を行うことが紛争の迅速かつ適正な解決のために適当でないとして、労働審判委員会が審判手続を終了させた場合も同様に訴訟に移行します(法二四条二項)。
     このように、労働審判は裁判所で行う手続なので、訴訟とリンクしているのです。比ゆ的にいえば、「裁判所に一旦申立があった以上は、早期解決が無理であっても、最後まで裁判所が面倒を見て解決します」といったところでしょうか。
  7. 強制力
     審判に対して、適法な異議が双方当事者から出なかったときは、その審判は裁判上の和解と同一の効力を有することになります(法二一条四項)。例えば、金銭の支払を命じる内容の審判がなされ、適法な異議が出なかった場合において、相手が金銭の支払いを履行しなかったときは、この審判により強制執行ができるということになるのです。裁判所を利用しているからこその強い効力といえるでしょう。

H17.12掲載

※掲載時点での法律を前提に、記事は作成されております。