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会社が刑事事件の被害者となった場合の対応について

会社が被害者となる場合

会社が通常の業務を行なっているなかで、犯罪に巻き込まれてしまうことも多くあります。それは、万引き(窃盗)や事務所荒らし(住居侵入窃盗)のように外部のものによる犯行の場合もありますが、残念なことに従業員が売上げや商品をごまかしたり(窃盗)、会社のお金を使い込んだりする場合(窃盗もしくは横領)もあります。会社が被害者となった場合、刑事手続が進むなかで、加害者側(加害者の家族や弁護士)から被害弁償の申し出がなされることがあります。そのような場合、会社としてはいかなる要素を考慮に入れたうえで、どのような対応をすべきでしょうか。一緒に考えて見ましょう。

会社が刑事事件の被害者となった場合の対応について

刑事手続における被害弁償の位置づけ

まず、刑事手続における被害弁償に位置づけを確認しておきましょう。刑事事件では、加害者(刑事裁判では「被告人」と呼ばれます。)が犯罪を行ったこと自体については、認めている事案が大多数を占めます。そのような事案において、弁護人(刑事裁判においては弁護士をこのように呼びます。)は、犯罪の事実があることを前提としたうえで、被告人に有利な事情を主張し、これを基礎付ける資料を提出することで、少しでも刑が軽くなるように努力することになります。

では、被告人に有利な事情にはどのようなものがあるのでしょうか。
 犯罪自体についていうと、例えば計画性がない偶発的な犯行であるとか、動機に理解できる部分があるとか、被害者にも一定の落ち度があることなどがあげられます。また、犯行後の事情として、被告人が反省していることや被害弁償ができていることが挙げられます。このほか、定職についてきちんと働いているか、周囲(家族等)の監督が期待できるかどうかなどを考慮して、どの程度の刑を科すかが最終的に決められることになります。

このように被害弁償ができたことは、被告人に有利な事情の一つとして判決に有利な影響を与えるからこそ、被告人側から進んで、被害弁償を申し出てくるわけです。

もっとも、一言に「被害弁償」といっても、3つのレベルに分けて考えたほうがよいでしょう。

  1. まず、単に被害金額の全部又は一部を支払ったにすぎない場合があります。被告人が被害金額全額を用意できなかった場合や、被害者側が被告人を重く処罰して欲しいという強い感情をもっている場合には金銭の支払いをうけとり領収書を出すだけで終わることも多くあります。
  2. 次に、被害金額を支払うことで被害弁償がすべて完了し、被告人と被害者の間にほかに債権債務がないことを確認し、今後は当該事件について請求をしない旨を記載した書面を作成する場合があります。このような合意が成立することを一般に「示談が成立した」といいます。単に被害金額を支払った場合と示談が成立した場合とを比較すると、やはり示談が成立したほうが、刑事裁判では被告人に有利に働きます。
  3. さらに、示談が成立したうえで、被害者に被告人の重い処罰を望まない旨の文書を作成してもらう場合もあります。難しい言い方で「被告人を宥恕する」などと表現する場合もあります。このような記載があったほうが、単に示談が成立した場合と比べて、刑事裁判で被告人に有利となります。

会社としてのあるべき対応

さて、被告人から被害弁償を申し出られた会社としては、何を基準にどのような判断をすべきでしょうか。

考えなければならないのは、会社が営利を目的とする法人であるということです。被害弁償とは民事的には損害賠償請求権のことで、営利法人としてはこの回収を最大にする方法を考える必要があります。民事事件として損害賠償の訴訟等を起こしても、費用や時間はかかるし、訴訟で勝訴しても実際に回収できるとは限りません。被告人側としては少しでも刑を軽くしてもらうために必死になって、親戚や友人・知人からお金を借りてきて被害弁償の提示をしているのですから、刑事手続が終わってしまえば、被害弁償に消極的になってしまう場合も少なくないのが現実です。従って、被告人が被害弁償を申し出ている場合、回収を優先するのであれば、示談するかどうかは別として被害弁償金の受け取りを拒否する理由はないと思われます。

他方、被告人が支払いを申し出ている金額が適正金額を大きく下回る場合には、安易に示談することは避けたほうがよいでしょう。示談を成立させ、被告人との間で債権債務がないことを確認するということは、本来被告人が支払うべき残債務について免除することになるからです。逆に、被告人側が適正な金額を提示してきた場合には、会社としては示談してかまわないことになります。

なお、なかには被告人を重く処罰して欲しいので示談には応じられないとか、被害弁償金も一切受け取れないといった対応をする企業もあるようですが、債権の回収を図るという観点からすれば疑問といわざるをえません。

以上に対し、被告人側から被告人を宥恕する旨の一筆を求められた場合にこれに応じるかどうかは、代表者や代表者から委任をうけた担当者の裁量に任せられることになります。厳密な意味で法人について宥恕や処罰感情を観念できるのか疑問がないではありませんが、被告人の真摯な反省等を感じた場合には、宥恕する文言を入れてもかまわないでしょう。

H20.02掲載

※掲載時点での法律を前提に、記事は作成されております。