中小企業の法律相談

福岡の弁護士、近江法律事務所が提供している法律コラムです。

表明・保証責任とは?

1 M&A契約ではもはや常識的

契約は、当事者間で権利、義務を定めるもので、契約書の条項の表現も、通常は、例えば「毎月○日までに○○円ずつ支払う。」、「○○を交付する。」、あるいは「○○はしてはならない。」などといったようになっており、ある行為を行うこと、あるいは行わないことが主に規定されているものと思います。

しかし、最近M&A(企業買収)契約を中心に、「ある行為」をするとかしないとかだけではなく、契約の前提となった「ある事実」があるかないかを他方が一方に表明し、保証するという条項が見られるようになりました。M&A契約では、もはやそのような条項がない方が珍しいといってもよいかもしれません。

表明・保証責任とは?

2 違反の効果

この「表明・保証」は、アメリカの契約実務を参考に、わが国でも利用されることになった条項だということですが、これまでの契約実務ではあまり馴染みのないもので、少なくとも中小企業間の契約では見られるものではありませんでした。しかし、昨今特に話題となっている中小企業の事業承継を考えたときには、株式譲渡契約などのM&A契約を締結することになるのであって、決して中小企業では無縁という訳ではありません。

また、M&Aを少し離れて考えてみても、「契約の前提となったある事実が実は存在しなかった!」というようなことはないでしょうか。「その事実がないのであれば、こんな金額では買い受けなかったのに…」というようなことはないでしょうか。この「表明・保証」というのは、実はそのような前提となる事実の存在を契約の一方当事者に表明させ、そしてさらに保証させることにより、その事実がないときは後に損害賠償ができるようにすることを狙いとしているのです。

上記のような狙いで、「表明、保証」の条項が契約に入れられるとなると、気になるのが、違反したら本当に損害賠償請求が可能なのかということです。

「ある物を売る」という約束に違反した場合に損害賠償請求ができるのは当たり前ですが、「ある事実が存在すると表明、保証したこと」の違反、つまりその事実存在しなかったという場合に本当に損害賠償請求できるのでしょうか。ある事実が「存在する」、「存在しない」ということなので、たとえ表明、保証していても、相手方が知っていたら損害賠償請求などできないのではないか、知っていなくとも少しの注意で知ることができたなら、やはり損害賠償請求はできないのではないかといった疑問もあります。とりわけ、M&A契約のように、買収側が専門的な観点でデューディリジェンスをして、「ある事実が存在しないこと」に気づかなかったという場合に、いくら売主が表明、保証したとはいえ損害賠償まで認めなくてはならないのかといった疑問も出てきます。

実は、わが国で、この点が裁判で初めて争われたケースがあります。結論としては、表明、保証違反について損害賠償責任が認められているのですが、非常に参考になるので、実際の事例を見てみましょう。

3 事例

この事例は、消費者金融会社のM&A取引に関するものでしたが、その契約書には、売主が概ね以下のことを「表明、保証する」条項があり、この表明、保証に違反があった場合は買主が被った損害、損失を補償するという条項がありました。

  1. 財務諸表が一般に承認された会計原則に従って作成されたこと
  2. 財務内容が貸借対照表のとおりであり、簿外債務等が存在しないこと
  3. ある時点における貸出債権の融資残高が貸出債権に関する記録に正確に反映されていること
  4. 帳簿等の記録がすべての重要な点において完全かつ正確であり、貸出債権の状況を正確に反映していること
  5. 役員、従業員において業務の遂行、資産の保有につき法令、定款等により必要とされる手続をすべて完了していること
  6. 本契約に至る前提として行われた財務内容、業務内容その他の経営、財務に関する事前監査において、通常の株式譲渡契約において信義則上開示されるべき資料および情報が漏れなく定時、開示されたこと、およびそれらの資料および情報は真実かつ正確なものであること

このような表明、保証があったにも関わらず、この譲渡の対象となった消費者金融業者は、赤字決算を回避するために、元本の弁済に充当していた和解債権についての弁済金を利息に充当し、同額の元本についての貸倒引当金の計上をしなかったことがわかりました。

そこで、買主が、株式の譲渡価格が不正に水増しされ、また発覚後に会計上の処理をするのに経費を要したとして損害賠償の請求をしました。

4 判決の内容

上記事件について判決は、まず上記の発覚した和解債権の会計処理については表明、保証に違反していると事実認定をしました。

そして、損害賠償請求については、買主が悪意のとき、つまりその事実を知っていた場合は認められないが、本件で買主がその事実を知っていたとはいえないと認定しました。

さらに、ここが興味深いところですが、判決は「本件株式譲渡契約締結時において、わずかの注意を払いさえすれば、本件和解債権処理を発見し、本件表明保証を行った事項に関して違反していることを知り得たにも関わらず、漫然これに気づかないままに本件株式譲渡契約を締結した場合、すなわち、買主が売主が本件表明保証を行った事項に関して違反していることについて善意であることが買主の重大な過失に基づくと認められる場合には、公平の見地に照らし、悪意の場合と同視し、売主は表明保証責任を免れる」という理論を示しました。

そこで、前述したM&A取引では当然に行われる専門家によるデューディリジェンスが、「重過失」に結びつくのか注目されたのですが、判決はまず企業買収におけるデューディリジェンスは、「買主の権利であって、義務でない」「主としてその売買交渉における価格決定のために、限られた期間で売主の提供する資料に基づき、資産の実在性とその評価、夫妻の網羅性という限られた範囲で行われる」としたうえで、本件で行われたデューディリジェンスによっても買主に重過失は認められないとしたのです。

5 教訓

この裁判例では、表明保証違反による損害賠償責任が認められました。M&Aの買主が悪意であるか、あるいは重過失であるかというのは、事例独自の判断であり、一般化することはできません。しかし、表明保証違反とはいえ、それが損害賠償義務に結びつくものであることは認識しておく必要があるでしょう。

H19.10掲載

※掲載時点での法律を前提に、記事は作成されております。