中小企業の法律相談

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早期退職優遇制度にからむ法的紛争

はじめに

近年の不景気を背景にして、企業では、早期退職希望者に対し、割増した退職金を支払う優遇制度を創設している例が見られます。こうした早期退職優遇制度に関し、トラブルが発生しています。どういうトラブルが発生しているのか、また、法的にはどうなるのかを解説したいと思います。

早期退職優遇制度にからむ法的紛争

ケース

甲会社では、就業規則上満60歳を定年としているが、退職時点で満48歳以上、かつ勤続年数が15年以上の従業員が、退職を希望し、会社が退職を承認したときには、所定の割増退職金を支払う旨の規定を新たに制定した。

従業員乙はこの制度に従い、退職を申し出て、割増退職金の取得を希望した。しかし、甲会社は、経営悪化が進行し、これ以上退職者が増えると、事業譲渡ができなくなると判断し、乙の退職を承認せず、割増退職金の支払いを拒否した。

そこで、乙は甲会社に割増し退職金の支払いを求める訴訟を提起した。

Q.甲会社はいわゆる早期退職優遇制度を導入したのですね。

そうです。早期退職優遇制度とは、企業により異なりますが、定年年齢前に退職を希望する従業員に対して割増退職金などの優遇措置を講じて自主的な退職を促す制度です。

Q.どうして企業はこのような制度を導入するようになったのですか。

人件費を削減するためです。

Q.しかし、早期退職者が多く出てしまうと、会社の狙いとは逆に会社の事業がうまくいかなくなってしまうのではないですか?

おっしゃるとおりです。そこで、そうした事態を防ぐために、企業は、退職の時期を限定したり、対象労働者について、年齢・職種・勤続年数などに条件を付けたり、さらに、会社にとって必要な人材の流出を防ぐために、個別に会社が承認した者に限定するといういわゆる「会社承認規定」をもうける場合が多いのです。

問題1 会社承認規定は違法ではないか

Q.しかし、そうした「会社承認規定」は、例えば、Aさんに対しては早期退職優遇制度の適用を認めるが、Bさんに対しては認めないなどといった事態が生じ、不公平・不公正で、違法な規定ではないでしょうか。

そのような考えもありますが、現在では、こうした会社承認規定自体は不合理なものとはいえず、違法ではないと考えるのが判例の一般的見解です。

Q.それはどうしてですか。

つまり、労働者の生存を保障するために雇用契約は継続されねばならないという点では、会社承認規定は労働者に不利益を強いるものではないというのが、第1の理由です。第2に、企業が会社承認規定を要件としているのは、早期退職をして欲しくない従業員を選別して慰留するという趣旨であり、それ自体は不合理な目的とは言えないと考えられるからです。先に指摘したとおり、退職希望者が殺到し、会社自体の存続が危ぶまれるのを防ぐ必要性があるというのは、合理的な目的と考えられます。

問題2 会社による恣意的な運用がなされた場合

Q.しかし、会社が恣意的な運用をした場合はどうなるのですか。

ここから先は、議論が分かれるところです。

まずは次のような見解があります。つまり、早期退職優遇制度の適用を希望する従業員に対し、これを承認するか否かは、会社に裁量がある。しかし、裁量権の行使は、早期退職優遇制度の趣旨・目的に沿った合理的なものでなくてはならず、会社が不合理な裁量権の行使により不承認とした場合には、早期退職優遇制度の適用がある、という考えです。

Q.なるほど。説得力があるように思います。

しかし、そうした見解は最高裁はとっていません。

Q.えっ。意外です。それはどうしてですか。

従業員には退職の自由があるという点が、先ほどの「裁量逸脱」の考えの根底にあると思われます。確かに、従業員には退職の自由があります。しかし、早期退職優遇制度は、従業員の退職の自由を制限するものではありません。もし、是が非でも退職したいというのであれば、この早期退職優遇制度を使わずに、一般の自己都合による退職手続きをとればいいからです。最高裁は、(早期退職優遇制度による)「割増退職金は従業員の申出」と会社の「承認とを前提に早期の退職の代償として特別の利益を付与するものであるところ」、「退職の申出に対し承認が得られなかったとしても、その申出をした従業員は、上記の特別の利益を付与されることはないものの本件選択定年制(早期退職優遇制度のこと)によらない退職を申し出るなどすることは何ら妨げられないのであり、その退職の自由を制限されるものではない」と判示しています(最判平成19年1月28日)。

Q.しかし、従業員が早期優遇退職制度にもとづき届け出をしたら、その時点で退職となるのではないでしょうか。

そうでありません。就業規則をよく読んでください。規定では、あくまで会社が「承認」した場合に退職が認められて、割増退職金が支払われるわけです。従業員による退職の申し出は、あくまで、「申し出」にとどまります。つまり、これは契約でいう「申込」にすぎず、会社の「承認」つまり、契約でいう「承諾」によって、退職が「合意」され、この合意に基づいて従業員は退職となり、割増退職金が支払われるという、構造になっているのです。

Q.そうすると、会社の不承認には、裁量権逸脱ということは生じないということですか。

最高裁の論理からすると、そういうことになると思われます。

終わりに

上記のような最高裁の判断には批判もありますが、実務上は、この最高裁の判断を前提として運用されることとなるでしょう。

H22.09掲載