中小企業の法律相談

福岡の弁護士、近江法律事務所が提供している法律コラムです。

従業員の競業について

1 ケース

Aさんは、長年勤めていたB社を退職し、その1ヶ月後、B社と同業他社でライバル関係にあるC社に転職しました。

ところが、Aさんは、B社に在籍中、B社との間で「退職後、最低2年間はB社と競業関係のある同業他社に就職しない」という内容の特約(競業避止特約)を締結していました。

B社は、Aさんに対し、競業避止特約に違反したとして何らかの措置をとることはできるでしょうか。

従業員の競業について

2 従業員の競業

一般従業員は労働契約の存続中には、労働契約の付随義務又は信義則上の義務として競業避止義務を負うと考えられています。これに違反した場合には、会社から就業規則の規定に従い懲戒処分や損害賠償請求等がなされる可能性があります。

これに対して、ケースのように、従業員が退職した後はどうでしょうか。競業避止義務が労働契約終了後も存続するのかということが問題となりますが、退職後の競業避止義務は、従業員の職業選択の自由(転職・再就職の自由、日本国憲法22条)を制限することから一般的には否定されると考えられています。したがって、会社が、退職後も当該従業員に競業避止義務を負わせたい場合には、ケースのように競業避止特約を締結するか、または就業規則等に競業避止規定が定められていることが必要になります。

もっとも、競業避止特約や就業規則等で競業避止義務を定めてさえいれば常に労働者は競業避止義務を負うことになるというわけではありません。会社を退職した従業員としては、その会社での今までの経験や知識を次の仕事に活かしたいと考えるでしょうし、これまでその会社で専門的な業務しか行っていなかったような場合には、全く無関係の会社に就職するということはなかなか困難でしょう。従業員には、憲法上職業選択の自由が認められていますのでこれを考慮する必要があります。他方で、会社としては、従業員が同業他社に転職したり、同業他社を開業したりすることにより、その会社で身に付けられたノウハウなどの営業秘密や顧客情報等を利用されると、会社の利益が著しく害されるおそれがあります。

そこで、競業避止特約や就業規則等で競業避止義務を課した場合であっても、上記のような従業員の職業選択の自由と、会社の利益を総合的に考慮して、当該競業避止規定が公序良俗に反して無効にならないか(民法90条)、退職後の競業避止規定の有効性が検討されることとなります。

3 裁判例の考え方

退職後の競業避止規定の有効性については、裁判例上、[1]使用者の正当な利益の保護を目的とすること、[2]従業員の在職中の地位や職務内容、[3]競業避止の期間、地域、職種、[4]代償措置の有無等を総合的に考慮して判断されています。

[1]については、従業員の職業選択の自由の重要性からすると、競業避止規定が有効であるためには、会社に保護に値する正当な利益が存在し、その保護が競業避止規定の目的となっていることが必要だと考えられています。ノウハウ等の営業秘密や顧客情報等の人的関係の保護等が使用者の正当な利益といえるでしょう。

[2]については、在職中に、当該従業員が使用者の正当な利益を害する可能性があるような地位や職務内容に就いていたかが考慮されます。たとえば、営業秘密が保護利益である場合には当該従業員が営業秘密に関与しうる地位にあったか、顧客情報等の人的関係が保護利益とされている場合には顧客等との人的関係を築くことができる地位にあったか等が検討されることになります。当該従業員が単なる一般従業員であったか、重要な役職についていた従業員であったかも重要でしょう。ヤマダ電機事件(東地平19.4.24判決)では、店長等の地位を歴任していた従業員について、会社の経営戦略等を知ることができたということを指摘し競業避止義務を課することは不合理でないとしています。

[3]については、使用者の正当な利益が営業秘密なのか、顧客情報等の人的関係なのかによっても変わってきますが、基本的には、競業避止の期間が長期間、地域も広範、職種にも制限がないといったような場合には、従業員の職業選択の自由に対する制限として強いと考えられるでしょう。

[4]については、当該従業員が、競業避止手当や機密手当といった金銭の交付を受けているような場合や、労働条件について厚遇を受けている場合など、競業避止義務を課される従業員の不利益の程度に見合った対価関係が存在する場合には、競業避止規定に合理性があると考えられる傾向にあります。

上記[1]~[4]の他、退職に至る経緯、労働者の行為の背信性、転職可能性等を要素として考慮されることもあります。

ケースの場合でも、Aさんに課された競業避止特約がそもそも有効かについては、B社の保護利益や、AさんのB社における地位、競業避止特約の内容、Aさんに代償措置が取られていたか等が具体的に検討される必要があります。

4 競業避止規定違反の効果

競業避止規定の違反の効果については、裁判例においては、退職金の不支給・減額、損害賠償請求、競業行為の差止めという形で争われています。

ケースの場合でも、B社としては、Aさんに対して、競業行為の差止めや、特約に基づいて、または不法行為として損害賠償請求、退職金規定に従った退職金の不支給・減額といった措置をとることが考えられるでしょう。

5 まとめ

従業員に競業避止義務を課して会社の利益を守りたいと考える会社としては、競業避止規定を就業規則に定めるかまたは競業避止特約等を当該従業員との間で締結しておく必要があります。

競業避止規定の有効性については、上記[1]~[4]等の要素を総合的に考慮して、個別具体的に利益考量して判断されることになります。したがって、会社としては、当該競業避止規定を定めるにしても、無効とならないように、従業員の職業選択の自由に照らして、上記[1]~[4]等の要素を十分に考慮した規定にしておく必要があるでしょう。

H23.9掲載

※掲載時点での法律を前提に、記事は作成されております。