中小企業の法律相談

福岡の弁護士、近江法律事務所が提供している法律コラムです。

欠員取締役の選任手続きの放置

はじめに

株式会社の取締役が欠員したまま、選任手続きを放置しておくと、思わぬことが。

【取締役の員数】

Q.取締役の員数は、決まっていますか。

取締役会設置会社の場合は、3人以上であることが必要です(会社法331条4項)。それ以外の会社は、1人でも2人でもかまいません(326条1項、348条2項)。

Q.定款で定められているのが一般ですよね。

そうですね。定款で「〇人以上〇人以下」と、最低数及び最高数を決めたり、「〇人以下」と最高数のみを定めたりする例が多いですね。

【取締役に欠員が生じる場合】

Q.取締役会設置会社の場合、最低数が法律で定まっているのだから、取締役に欠員が生じる場合がありますね。

そういうことです。取締役会設置会社では3人以上であることが必要ですから、例えば、現在取締役が3名いたとして、そのうち1名が任期満了となったり、辞任したり、死亡したり、あるいは解任された場合には、欠員が生じることとなります。また、定款で最低数が定められている場合も、欠員が生じます。

欠員取締役の選任手続きの放置

【欠員が生じた場合の措置】

Q.取締役に欠員が出たら、どうするのですか。

会社は遅滞なく後任の取締役を選任しなければなりません(976条22号)。

【選任を怠った場合の制裁】

Q.選任しなかったらどうなるのですか。

選任手続きを怠った取締役は、100万円以下の過料に処せられます。

Q.罰金を払わないといけないのですか。

罰金ではないのです。罰金は刑事罰ですが、「取締役の選任を怠ること」は犯罪ではありません。ただ、決まりを守らせるために、罰金類似の金銭の支払いを課しているわけです。これを「過料」と呼んでいます。

【過料の手続】

Q.誰が過料の額を決めるのですか。

裁判所です。

Q.裁判所が、どこどこの会社が取締役の選任手続きを怠っている、などということが分かるのですか。

いえいえ、裁判所が目を光らせているということはありません。商事過料の手続としては、法務局の登記官が裁判所に対し、登記懈怠(放置)あるいは選任懈怠(放置)の通知をし、これを受け、裁判所が過料を決定するのです。

Q.なるほど。登記官がチェックしているわけですか。

そうです。といっても膨大な数の会社の取締役の員数を年中チェックすることはできません。新たに選任登記手続きを会社が行なってきたときにチェックするわけです。

ここで、興味深い判例をご紹介しましょう。次のようなケースについての判例です。

ケース

甲株式会社の代表取締役であったAは、その在任中の平成18年4月30日、ある取締役が退任し取締役の法定員数に欠員が生じたが、平成19年8月17日まで取締役を選任する手続をとらなかった。そうしたところ、裁判所から4万円の過料の支払い命じられた。

Q.Aは、1年3カ月ものあいだ選任を怠っていたのですね。1年以上も取締役の選任を怠っていたのだから、裁判所から過料を課されても文句はいえないのではないでしょうか。

期間の点だけを見るとそうなのですが、本件では、株主相互の間で持株数につき争いがあり、別途株式数の確認に関する訴訟が継続していたという事情があったのです。つまり、株主相互間で株主権についても争いが行なわれている状況の中で、株主総会を開き、新たに取締役を選任することを見合わせたという特殊事情があったわけです。仮に総会を開いても、総会決議の際、議決権の数をどうやって決めればいいのだ、という思いがあり、訴訟で決着がつくまで、選任は後回しにしようという考えがあったのではないでしょうか。

Q.そのような事情があるのに、過料の制裁を受けるというのは、不合理のように思えますが。

そのような考えもあるでしょう。そこで、Aは、裁判所から過料の制裁を課されるには、あらたな取締役の選任懈怠につき、故意過失があることが必要で、本件の場合、選任手続きをとらなかったとしても、やむを得ない事情があり、自分には故意過失がない、と言って争い、高裁に不服申立(抗告といいます)を行いました。

Q.高裁の判断はどうでしたか。

高裁は、本件で過料の制裁をするためには、選任手続きを怠った取締役に故意過失があることが必要であるという見解を前提に、本件ではAに故意過失があると認めて、結論は原審と変わりませんでした(大阪高裁平成20年3月25日)。

Q.どうしてですか。

株主総会を開いて取締役を選任することが難しいのであれば、Aとしては「一時取締役」の選任を裁判所に申し立てればいいではないか、と高裁は判断したのです。

Q.一時取締役とは?

会社法は、取締役の欠員が生じた場合、裁判所は、必要があると認めるときは、利害関係人の申し立てにより、一時取締役の職務を行うべきものを選任できるとされています(346条2項)。

Q.この一時取締役の制度を利用すれば、欠員となった取締役の補充をすることができたわけですね

そうです。Aは、裁判所に対し、一時取締役の選任を申し立てることによって、欠員状態に対処できたわけで、Aの責任は免れないと判断したのです。

H23.11掲載

※掲載時点での法律を前提に、記事は作成されております。