中小企業の法律相談

福岡の弁護士、近江法律事務所が提供している法律コラムです。

「従業員の身だしなみ」と「指導・人事評価」

はじめに

職員の長髪やひげを理由に低い人事査定・人事異動をすると、逆に慰謝料を支払わなければならないことも。

従業員の身だしなみ」と「指導・人事評価」

職員の身だしなみに対する会社のコンセプト

経営者の多くは、職員にはきちんとした身だしなみをして欲しいと考えているのではないでしょうか。

「身だしなみを整えるのはビジネスマナーの基本である」「ことにサービス業である会社にとって、身だしなみを 整えることは、お客様に好印象を与えるものとしてお客様満足度の向上を図る重要な要素の一つである」

これは甲社の「身だしなみガイドライン」からの抜粋ですが、さらに同社の規程を見てみることにしましょう。

「身だしなみの基本は4点。

  1. 清潔であること
  2. お客様に不快感を与えないこと
  3. 業務に支障を与えず、安全性が高いこと
  4. 職場と調和がとれたものであることと

加えて、甲社は、全職員に適用する「基準1」と、顧客と接する職員に対し適用する「基準2」を制定しています。

【基準1】

  1. 髪型
    • 髪の毛は清潔に保つ
      清潔感のある髪型を心掛け、奇抜な髪形は避ける。
      表情が隠れないようにする。
      (男性)長髪は避ける。
      (女性)長い髪はまとめる。
  2. ひげ
    • ひげは好ましくない。
      きちんと剃る。

【基準2】

  1. 髪型
    • 前記に同じ
  2. ひげ
    • ひげは不可とする。

つまり、男性職員全員に対しては、「長髪は避ける」「ひげは好ましくない」という控えめな形で会社の見解を示しつつ、顧客と接する男性職員については、髪については一般職員と同様ですが、「ひげは不可」と明確にこれを禁じる規定をおいていることにご留意ください。

ケース

さて、甲社の顧客窓口担当の職員Aが、髪を長髪にし、ひげを生やしたとします。甲社はどのような対応を取ることが考えられるでしょうか。

対応例

  1. 口頭でやんわり注意する
  2. ガイドラインに反することを指摘した上で、注意し、長髪をやめ、ひげを剃るよう指導する
  3. 人事査定上、マイナス評価を与える
  4. 「長髪」「ひげ」を理由に、顧客と接しない課に配置転換を行なう

ということが考えられます。

問題の所在

しかし、問題は簡単ではありません。ポイントは何かというと、服装とか、髪型といった身だしなみは、職員が労働者という立場を離れ、個人として自己の外観をいかに表現するかという個人の自由に関する事柄である、ということです。つまり、人権にかかわるということです。さらに、髪型やひげに関する服務中の規律は、就業時間、つまり、労働契約による拘束を離れ私生活にも及んでしまう、ということも見逃せません。会社は、個人的な時間までむやみに規制することはできません。

そこで、個人の自由にまで及んでしまうような服務規律は、業務遂行上の必要性が認められ、その具体的な制限の内容が、労働者の利益や自由を過度に侵害しない合理的な内容の限度で有効、と考えるべきものです。

ガイドラインの拘束力

社が、顧客の満足度の向上をはかり、企業イメージの向上のために企業努力の一環として、「身だしなみ基準」を定めたことは、必要性と一定の合理性があるので、許されるものでしょう。

しかし、同基準の違反を理由に直ちに、Aに対し、不利益な処分を与えてはなりません。その違反の程度が大きく、誰が見ても顧客に大きな不快感を与えるだろうと言える場合に初めて、一定の処分が認められる、と考えるべきでしょう。

判断にあたって重要となる事情と回答

そうすると、どのような事情が重要となるでしょうか。

  1. 長髪やひげは実際どのようなものか
  2. 長髪やひげを生やし出したのは、いつからか
  3. 手入れはどのようになされているのか
  4. 清潔に保たれてきたのか
  5. 歴代の上司のうち、クレームを言わなかった上司がいたのか
  6. 顧客からのクレームはあったのか、なかったのか、あったとして、その内容はいかなるものか

等でしょう。

以上の事情を総合的に判断して、Aの「長髪」「ひげ」には何の問題もない、という判断は十分に可能です(神戸地裁平成22年3月26日判決参照)。なお、読者の中には決まりに反しているのに、なぜ、という思う方もおられるかもしれませんが、甲社の定めたガイドラインも、「全ての長髪」が好ましくない、「全てのひげ」は不可である、というように読むのではなく、「他人に不快感を与える長髪」が好ましくないのであり、「不快感を与えたと認められない長髪」は許される、「全てのひげ」が不可ということではなく、「不快感を与えると認められるひげ」が許されない、と読むのだ、ということです。法文の解釈の一つだと理解してください。

「長髪」をやめ、「ひげ」を剃るように注意・指導したこと、等について

では、問題のない「長髪」や「ひげ」であったのに、会社の上司がAに注意・指導したことは、どうなるのでしょうか。

「長髪」や「ひげ」は問題がなかったものですから、問題があることを前提として行なった会社上司の注意・指導は、間違いだった、ということになります。

しかし、注意しなければならないのは、このような注意・指導を行なったというだけでは、直ちにその指導が違法となるのではない、ということです。注意・指導の回数、方法及び態様が、社会通念を基準にして度をすぎていた、という場合に初めて違法となる、ということになります。いいかえれば、誤った注意・指導がなされたからといって、直ちに慰謝料の支払いが認められるわけではない、ということです。

ただ、問題となるのは、人事異動です。もし、甲社による人事異動が、先のガイドライン違反及び会社の注意に従わなかったから行なわれた、ということであれば、甲社に慰謝料を支払うべき義務が生じ得ます。先の判例では30万円の慰謝料が認められました。

また、人事上マイナス査定をし、その結果、例えば給与がカットされた場合は、Aは甲社にその分の支払いを求めることができます。

最後に

職員に身だしなみの大切さを説くことは重要ですが、長髪やひげ、服装等は自分を表現する人権として位置づけられるということを理解し、職員の人権と会社の利益・見解とのバランスをはかる、という視点を忘れないようにしてください。

H24.12掲載