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割増賃金の定額払い制について

割増賃金の定額払い制

使用者が、労働者に時間外労働(法定労働時間を超える労働)、休日労働(法定休日における労働)、深夜労働(午後10時~午前5時までの間の労働)をさせた場合には、これらの労働に対して割増賃金を支払わなくてはなりません。これは、時間外労働等をさせたことによる補償をさせること、使用者に割増賃金の支払という経済的負担を課すことにより、時間外労働等を抑制することに目的があるとされています。

割増賃金の計算方法については労働基準法37条に定めがあり、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額に、一定の割増率(時間外労働、深夜労働については通常の労働時間または労働日の賃金の2割5分以上、休日労働については3割5分以上)を乗じることにより算出することになっており、この定めにより割増賃金額を計算するのが原則です。

割増賃金の定額払い制について

しかし、時間外労働等が恒常化している業態などにおいては、労働基準法37条に定める計算方法による割増賃金を支払う代わりに、定額の手当(たとえば、「残業手当」など)を支給するなどの方法により割増賃金の定額払いをしている場合があります。あらかじめ、割増賃金を一定額で支払うと定めておけば、毎月の割増賃金の計算をする必要がなくなり事務負担を軽減できるので有意義であるといえますが、このような労働基準法の定める計算方法によらない割増賃金の定額払いがそもそも認められるのかが問題となります。

労働基準法との関係

この点に関して、労働基準法37条は、時間外労働等に対して一定額以上の割増賃金を支払うことを使用者に命じているところ、同条の定める一定額以上の割増賃金が支払われる限りにおいては、同条に定める計算方法による必要はないとされています。割増賃金支払の目的からすれば、その計算方法よりも支払金額の方が重視されるからです。したがって、労働基準法37条に定める計算方法によらない割増賃金の定額払いも、同条に定める計算による割増賃金額を下回らない場合には適法であると考えられています。

関西ソニー販売事件(大阪地判昭和63年10月26日)は、「労働基準法37条は時間外労働等に対し一定額以上の割増賃金の支払を使用者に命じているところ、同条所定の額以上の割増賃金の支払いがなされているかぎりその趣旨は満たされ同条所定の計算方法を用いることまでは要しないので、その支払額が法所定の計算方法による割増賃金額を上回る以上、割増賃金として一定額を支払うことも許される」としたうえで、「現実の労働時間によって計算した割増賃金額が右一定額を上回っている場合には、労働者は使用者に対しその差額を請求することができる」と判示しています。

割増賃金として認められるための条件

そうすると、労働基準法37条の計算方法による割増賃金に代えて一定額の手当を支給するなどの方法により割増賃金の定額払いをすることも、同条の計算による割増賃金額を下回らない場合には適法であると考えられますが、そもそも、その定額の手当等が割増賃金としての性質を有しているか自体が争われる例が多くあります。定額の手当等が割増賃金としての性質を有していなければ、使用者は、労働者に対し別途割増賃金を支払わなくてはならないことになりますので、この点は重要になります。

例えば、定額の手当を割増賃金として認めた事案として、名鉄運輸事件(名古屋地判平成3.9.6)があります。この事案では、運送会社の乗務員に支給された「運行手当」の性質が問題となりましたが、この「運行手当」は恒常的に深夜勤務をせざるを得ない路線乗務員のみに支払われていること、就業規則では路線乗務員についての深夜勤務時間に関する割増賃金であることが明示されていることなどから、割増賃金として認めました。その他、定額の手当につき割増賃金として認めた裁判例として、上記関西ソニー事件、ユニフレックス事件(東京地判平10.6.5)などがあります。

他方、定額の手当を割増賃金として認めなかった事案として、共立メンテナンス事件(大阪地判平成8.10.2)があります。この事案では、寮の管理人に支給されていた「管理職手当」の性質が問題となりましたが、その趣旨が不明確であり、時間外労働等を補填するものではないと判断されました。その他、定額の手当につき、割増賃金である旨の合意が認められず、通常の労働時間の賃金にあたる部分と割増賃金にあたる部分とを明確に区別できないなどとして、定額の手当を割増賃金として認めなかった事案として、三好屋商店事件(東京地判昭和63.5.27)、キャスコ事件(大阪地判平成12年4月28日)、オンテックサカイ事件(名古屋地判平成17年8月5日)など。

このように、裁判例上は、定額の手当が割増賃金としての性質を有するか否かは、当該手当が時間外労働等に対する割増賃金である旨の合意、通常の労働時間の賃金にあたる部分と時間外労働等に対する割増賃金にあたる部分との明確な区別が必要と考えられているようです。そして、各種手当の実質については、就業規則(賃金規定)の定め方や、実際の運用等により総合的に判断されています。

割増賃金の定額払い制を採用する場合は(採用している場合も)慎重に

そこで、割増賃金の定額払い制を採用する場合には、支払われる給与のうち、定額の手当等が割増賃金にあたることを明確にしたうえでそれが何時間分の割増賃金にあたるのかということ、労働基準法37条の計算方法によって算出された額が当該手当等の額を上回るときはその差額については別途支払われることなどを、就業規則(賃金規定)や雇用契約書等に明示しておく必要があります。また、定額払い制を採用する際には、最低賃金を下回らないように基本給の金額設定をすること、基本給を減額することなどによりすでに在籍している従業員にとっては不利益変更になる場合には、個々の同意を得るか、就業規則の不利益変更が許容されるための要件を具備することが必要となります。

現在、割増賃金の定額払い制を採用している場合であっても、就業規則(賃金規定)や雇用契約書の規定が十分ではなく、当該手当が割増賃金としての性格を有するかどうかが明確になっていないことも多いと思われるので、今一度チェックをして、問題がありそうな場合には就業規則等を整備されたほうがよいでしょう。

H25.12掲載

※掲載時点での法律を前提に、記事は作成されております。