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暴力団排除条項の遡及適用と定型約款の変更

暴排条項の遡及適用を認めた最高裁の判断

預金契約締結後に追加された暴力団排除条項(以下「暴排条項」といいます。)に基づき、既存の預金契約(預金口座)を解約できるか等が争われた事案について、平成29年7月11日、最高裁は、預金契約の解約の有効性等を認めた福岡高裁平成28年10月4日判決の結論を是認し、上告を棄却するとともに上告不受理を決定しました。これにより、預金契約の解約の有効性等を認めた福岡地裁の判決が確定しました。

従来、相手方の同意なしに、既存の預金契約(預金口座)に暴排条項を遡及適用させることができるかについては、確定的な考え方はなく、平成20年3月の金融庁の「反社会的勢力による被害の防止」にかかる監督指針の改正の際、口座の利用等が個人の日常生活に必要な範囲内である等、反社会的勢力を不当に利するものではないと合理的に判断される場合にまで一律に排除しなければならないのかは困難な問題であることや、既存契約について暴排条項を遡及適用することができるかは問題が残ることなどが指摘されていたため、実務上、積極的に既存契約を解約する金融機関と、慎重な対応をとる金融機関とで、対応が分かれていました。

今般の最高裁の判断は、追加した暴排条項を既存の預金契約(預金口座)に適用して解約できることを認めたものであり、実務上、重要な意味を持ちます。

暴力団排除条項の遡及適用と定型約款の変更画像

福岡地裁判決・福岡高裁判決の判示内容

最高裁の判断の前提となった福岡地裁判決や福岡高裁判決は、預金契約の解約の有効性等を認めるにあたって、様々な要素を詳細に検討しており、参考となります。

福岡地裁平成28年3月4日判決の判示内容(概要)

福岡地裁平成28年3月4日判決は、定型約款により規律された契約関係においては、合理的な範囲において変更されることも契約上当然に予定されており、「既存の契約の相手方である既存顧客との個別の合意がない限り、その変更の効力が既存の契約に一切及ばないと解するのは相当でない」と判示したうえで、暴排条項の公益目的、反社による預金口座の不正利用は社会にとって依然として大きな脅威となっていること、暴排条項の目的は既存預金契約にも適用しないと達成困難であること、遡及適用による不利益は、電気、ガス、水道などのいわゆるライフライン契約とは異なり限定的であること、かつ、預金者は自らの行動によって反社属性を回避できること、暴排条項の追加に先立ち、その内容や効力発生時期を周知していること等を根拠に、暴排条項の追加は合理的な取引約款の変更に当たり、既存顧客との個別の合意がなくても、既存契約の変更に効力を及ぼすことができると判示しました。

福岡高裁平成28年10月4日判決の判示内容(概要)

福岡高裁平成28年10月4日判決は、福岡地裁の判示内容を踏襲し、「預金契約は定型の取引約款により契約関係を規律する必要性が高く、必要に応じて合理的な範囲において変更されることも契約上当然に予定されている」としたうで、暴排条項を既存の預金契約にも遡及適用しなければ目的を達成することは困難である、暴排条項を遡及適用しても不利益は限定的で、遡及適用されることとなった預金者は暴力団等から脱退することによって不利益を回避することができること等を根拠に、追加した暴排条項を遡及適用することができると判示しました。

改正債権法の要件との比較

改正前の民法においては、約款に関する規定は存在しませんでしたが、改正債権法においては、新たに定型約款に関するルールが設けられ、その中で、定型約款の変更について、「定型約款の変更が、契約をした目的に反せず、かつ、変更の必要性、変更後の内容の相当性、この条の規定により定型約款を変更することがある旨の定めの有無及びその内容その他変更に係る事情に照らして合理的なものであるとき」は、個別に相手方と合意することなく契約の内容を変更することができるとされました(改正民法548条の4の第1項2号)。

福岡地裁判決や福岡高裁判決は、定型約款の変更の定めの有無やその内容については判示していませんが、その判示内容は、おおむね改正債権法の要件と合致しますので、改正債権法施行後も、実務の参考になるものです。

当該口座が生活口座である場合

  1. 福岡高裁判決・福岡地裁判決は、口座名義人が暴力団員であるという属性のみで預金契約を解約できることを前提として、当該口座が「社会生活を送る上で不可欠な代替性のないものであるといった事情は認められない」と判示して、当該解約が信義則違反ないし権利の濫用には当たらないとしました。
  2. このように、福岡高裁判決・福岡地裁判決は、限定的な要件の下、「社会生活を送る上で不可欠な代替性のない」口座の場合には、例外として解約が認められない余地を残しましたが、類似する東京地裁平成28年5月18日判決は、何ら限定を付すことなく、「本件排除規程の目的を達するには、預金口座の利用目的がどのようなものであるかにかかわらず、反社会的勢力に属する者の預金契約に本件排除規程の適用があると解するのが相当であり、それによって反社会的勢力に属する者の生活に必要な預金口座の利用が制約されるとしてもやむを得ないというべきである」と判示し、口座の利用目的如何にかからわらず、生活口座に対しても暴排条項が適用されることをより明確に判示しました。

求められる今後の対応

今般の最高裁の判断は、金融機関による預金口座の解約を後押しするだけでなく、それ以外の事業者の定型約款による契約関係についても、電気、ガス、水道などのいわゆるライフライン契約である場合を除けば、追加の暴排条項に基づいて、相手方の同意なしに遡及的に契約を解約できる可能性を認めるものといえます。

金融機関はもちろんのこと、それ以外の事業者も、今後はより適切に、暴排条項を適用していくことが求められるといえるでしょう。

H29.10掲載

※掲載時点での法律を前提に、記事は作成されております。