中小企業の法律相談

福岡の弁護士、近江法律事務所が提供している法律コラムです。

引渡断行による担保物件の確保

早期の担保物件確保の必要性

言うまでもありませんが、確実な債権の保全のためには、事前にしっかり担保をとっておくことが有効です。

このため、建設機械や自動車その他の商品を販売するにあたって、担保のために所有権留保特約をつけることがあります。また、あるいは取引先から動産の譲渡担保の設定を受けることもあります。

ところが、せっかく立派な担保を取引先からとっていても、倒産のどさくさで物件が所在不明になってしまっては、担保実行しようがありません。

経営の行き詰った取引先が、物件を第三者に処分してしまい、即時取得によって第三者に所有権が移転してしまう場合もあります。他の債権者が物件を引き揚げてしまう場合もあります。

したがって、債権者としては、取引先が倒産しそうだという情報を得た段階で、出来るだけ早く、物件の占有を確保しておく必要があります。

物件によっては、保管状況や日時の経過のために、経済的価値が下落しやすい種類のものもあり、そういう場合はなおさら、一刻も早く物件を確保して換価しなければなりません。

引渡断行による担保物件の確保画像

通常の法的手続による引渡しの流れ

取引先が、任意で引き渡ししてくれればよいのですが、そんな取引先ばかりではありません。しかし、だからといって自力で無理やり持ち去ることは許されません(自力救済の禁止)。トラブルになりやすく、時には建造物侵入や窃盗などの刑事上の罪に問われる可能性もあるのです。

そこで、裁判所を利用した法的手続を利用して引渡を実現するわけですが、通常の流れですと、想像以上に時間がかかります。

つまり、まず物件引渡を求める民事訴訟を提起し、勝訴判決を得ます。この勝訴判決を債務名義として、今度は強制執行手続を申し立てるということになります。訴訟を経て勝訴判決を得るまでに最短でも2か月ほどかかるため、そうこうしているに対象物件が行方不明になったり、物件の価値が下落してしまい、せっかく担保をとった意味が失われてしまうのです。

引渡断行の仮処分とは

そこで検討されるのが、引渡断行の仮処分です。

「断行の仮処分」とは、訴訟で勝訴したのと同様の状態の実現を暫定的に図る手続です。本来ならば勝訴判決を得て実現されるべき状態を、仮処分手続で事実上・法律上実現してしまうわけです。

引渡断行仮処分によって、時間を要する訴訟を経ずに、物件の引渡を受けることができます。

通常、仮処分手続においては、相手方に反論する機会を与える審尋期日が設定されますが、審尋期日を経ることで仮処分の目的を達することができない事情がある場合には、審尋期日なしに仮処分命令の発令ができることになっています。例えば、期日を経る暇もないほどに急迫した事情がある場合や、申立てを知った相手方が財産隠匿や執行妨害をやりかねないような場合などです。

引渡断行仮処分の場合も、物件の搬出が容易で隠匿の可能性が高い場合や、日時の経過による価値下落が著しいような場合には、審尋期日を経ることなく、仮処分命令が発令されることが多いのです。

引渡断行の仮処分が発令され、その執行により引渡しを受けた債権者は、そのまま物件を処分することが可能です。こうすることで、価値が下落する前に、物件を換価し、債権回収することができます。

どんな場合に引渡断行を利用できるか

引渡断行の仮処分を使うことができるのは、物件の引渡しを求める権利があることを確実に疎明できる資料が揃っている場合に限られます。所有権留保特約付売買契約書、譲渡担保契約書、入金明細表などにより、現時点で引渡請求権が発生しているということが一目でわからなければなりません。

また、今すぐに引き渡しを受けて物件を処分しないと債権者に著しい損害が生じるということ(保全の必要性)の疎明も必要です。

引渡断行の注意点

訴訟も審尋もせずに迅速に引渡しを受けることができ、しかも物件処分までして良いというのですから、引渡断行は、債権者にとって非常に便利な手続のように見えます。

しかし、注意すべき点があります。

第一に、多額の担保の提供が必要だということです。

利害の対立した当事者がいるわけですから、本来ならば、訴訟という正式な手続で、双方の主張を存分に尽くさせ、慎重に判決を出すべきなのですが、仮処分手続は、これをすっ飛ばして権利を実現してしまうため、後日になって、不当な命令だったといわれる可能性を否定できません。そこで、不当な命令で相手方が損害を被った場合に備えて、損害の担保を確保しておく必要があるのです。具体的には、申立人が、仮処分命令の発令前に、裁判所が指示する額の担保金を法務局に供託することになります。

特に引渡断行の仮処分は、物件処分まで可能にしてしまう手続ですから、債務者に与える影響が甚大です。このため、提供しなければならない担保金も高額となりがちです。

第2に、これは仮処分手続一般について言えることですが、万一、後日になって不当な命令だったとわかったときには、そのような命令を求めて手続を申し立てた債権者の過失が推定され、相手方のこうむった損害を賠償しなければならないというペナルティがあるということです。提供した担保の額よりも多額の損害賠償が必要となる可能性もあります。

第3に、引渡が実現し物件処分が完了しても、満足して終わりというわけにはいかず、その後に訴訟を提起しなければならないということです。訴訟を提起して、勝訴判決をあとから取得しないと、相手方の同意がない限り、提供していた担保が戻らないことになります。

以上のような点に注意する必要はありますが、せっかくの担保物件をしっかり確保して債権回収するために、このような手続があるということを把握しておきましょう。

H29.03掲載

※掲載時点での法律を前提に、記事は作成されております。