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消滅時効の新ルール(債権法改正)

民法(債権法)改正

民法は私人間のルールを定める最も基本的な法律です。債権債務の関係も民法の一部となっておりますが、その部分を債権法という呼び方をすることもあります。

民法は明治29年に制定されたもので、債権関係についてはこれまでほとんど改正がされていませんでした。つまり120年もの間債権関係のルールは変わっていなかったのです。その間に社会や経済は大きく変化しているのに、法律が追いついていないという指摘をされても当然といっていいでしょう。そこで、ようやく平成21年になり債権法の部分を改正してはどうかとの諮問が行われ、その後の長い審議を経て平成29年5月26日に改正民法が成立し、同年6月2日に公布されるに至りました。ついに120年ぶりの債権法改正となったのです。

改正民法の施行日は、公布の日から起算して3年を超えない範囲とされておりますが、2020年には施行されると言われています。

細かな規定の変更等も入れると改正による変更箇所は相当な数に上りますが、多くの場合法改正にはいくつか目玉となるところがあります。まずはこの改正の目玉を押さえておくことが肝要です。

その目玉のうちの一つが消滅時効制度の見直しになります。

消滅時効の新ルール(債権法改正)画像

消滅時効の期間と起算点の見直し

  1. 現行制度
     消滅時効とは、権利を行使しないまま一定期間が経過したときは、その権利を消滅させてしまうという制度で、起算点から一定の期間の経過により時効が成立します。
     現行の制度では、起算点はどんな場合も「権利を行使することができる時から」ということで一応シンプルです。
     しかし、時効期間は原則10年ですが、飲食料や宿泊料等の債権は1年、弁護士や公証人の報酬、小売り商人の売掛金は2年、医師の診療報酬は3年など職業別に短期間の時効が定められていたり、商行為に基づく債権は5年とする商法の規定があったりと、実に複雑なこととなっています。
     複雑であるばかりか、下宿屋の下宿料は宿泊料なのかとか、税理士の報酬はどうなるとか、柔道整復師の報酬はどうなるのかなどと、適用面においてもはっきりしないという問題等もありました。
  2. 改正民法(債権法)での制度
     そのような問題意識から、改正民法(債権法)では、シンプルな統一化が図られております。
     まず起算点を従来の「権利を行使することができる時から」に加え、「権利の行使をすることができることを知った時から」の2パターンとしております。
     そして、そのうえで時効期間は、「権利の行使をすることができることを知った時から5年」、「権利を行使することができる時から10年」として、いずれか早い方の経過で消滅時効が完成するとしたのです。職業別の時効期間や商法による特別な時効期間はなくなりました。
     多くの場合は、「権利を行使することができる時」と「権利の行使をすることができることを知った時」は同時でしょうから、5年で消滅時効が完成することになり、債権者としては管理方針が立てやすくなったといえるでしょう。
     一方、消費者ローンの過払金債権などのように「権利を行使することができる時」と「権利の行使をすることができることを知った時」がずれるケースもあります。その場合は知った時から5年と権利行使ができる時から10年の早く到来するときに消滅時効が完成することになります。

生命・身体の侵害による損害賠償請求権の時効期間の特則

  1. 現行制度
     生命や身体の侵害を受けた場合の損害賠償請求権については、二つの法律構成が考えられます。一つは契約違反(債務不履行責任)による構成で、例えば労働契約に伴う安全配慮義務違反とか、診療契約に伴う注意義務違反などです。もう一つは、不法行為責任で、契約関係にはない交通事故による生命・身体の侵害を受けた場合などがそれに当たります。
     この損害賠償請求権の消滅時効については、現行制度では、債務不履行責任は前記のとおり権利を行使することができるときから10年です。不法行為責任は契約に基づく債権ではないので、別に定めがあり、損害及び加害者を知った時から3年が消滅時効期間で、不法行為の時から20年経過したときも同様とするということになっていました。
     これについては、生命、身体というのは極めて重要なものであって、この侵害に対する債権は保護の必要性が高く、現行ルールでは期間が短すぎるのではないかという指摘がされていました。
  2. 改正民法(債権法)での制度
     そこで、改正民法(債権法)では、生命や身体の侵害を受けた場合の損害賠償請求権については特則を設けて、時効期間の長期化を図っております。
     債務不履行責任でも、不法行為責任でも、生命や身体の侵害を受けた場合の損害賠償請求権については、「権利の行使をすることができることを知った時からは5年」、「権利を行使することができる時から20年」として、いずれか早い方の経過で消滅時効が完成するとしたのです。
     債務不履行責任による損害賠償請求権は、権利の行使をすることができる時から時効期間が通常の10年から20年に長期化し、不法行為責任による損害賠償請求権は、権利の行使をすることができることを知った時からの時効期間が通常の3年から5年に長期化されるということになります。

協議合意書面による時効完成猶予

上記以外にも、ひとくくりにしていた「時効の中断」の概念を「時効の更新」と「時効の完成猶予」とに振り分けてわかりやすくするなどの改正がされていますが、ここでは協議合意書面による時効完成猶予について説明します。

権利についての協議合意書面を作成したときは、(1)合意から1年間、(2)合意において定めた1年内の協議期間、(3)当事者の一方が協議続行の拒絶書面を通知したときから6か月間のいずれか早い時期までは消滅時効は完成しないとされました。上記の猶予期間中に再度の協議合意書面を作成すれば、さらに時効の完成は猶予されます(ただし、本来の時効完成日から5年を超えることはできません)。

債権管理に影響を与える制度なので、有効に活用したいところです。

H29.12掲載

※掲載時点での法律を前提に、記事は作成されております。