中小企業の法律相談

福岡の弁護士、近江法律事務所が提供している法律コラムです。

サン・クロレラ事件~デジタル広告への影響

デジタル広告の拡大

インターネットやSNSなどを利用して、消費者向けにデジタル広告を配信する企業が圧倒的多数となってきました。

従来のメディアを利用したマス広告よりはるかに手軽に、手間と時間をかけずに柔軟な広告掲載ができる点で、デジタル広告には大きなメリットがあります。

しかし、近時、今後のデジタル広告のあり方に影響すると思われる、重要な最高裁判決が出ました(最高裁平成29年1月24日第三小法廷判決)。いわゆるサン・クロレラ判決です。

新聞折り込みチラシに関する事件ですが、その射程はデジタル広告にも及ぶと考えられています。

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消費者契約法における「勧誘」・・・従来の解説

消費者契約法4条は、消費者が契約を取り消すことができる場合を定めた条文です。事業者が、契約を勧誘する際に、事実と異なることを告げたり、不確実な事項について断定的判断を提供したり、不利益事実をあえて告げなかったりして、消費者を誤認させた場合に、消費者は契約を取り消すことができると定めています。

ここでいう「勧誘」について、従来は、不特定多数向けのもの等、客観的にみて特定の消費者に働きかけ、個別の契約締結の意思形成に直接に影響を与えているとは考えられない場合は、これに含まれないと解説されてきました。たとえば、広告、チラシの配布、商品の陳列、パンフレット・説明書、店頭掲示などは、「勧誘」に該当しないとされてきたのです(逐条解説消費者契約法 経済企画庁国民生活局消費者行政第1課・編 平成12年12月初版)。

したがって、消費者契約法4条によって契約取消しとなりうるのは、従業員が、店頭や電話で個別の消費者に商品説明をするような場面で不実告知や断定的判断の提供をしたり、不利益事実を告げなかったというケースに限定され、個別の消費者への商品説明のない、インターネット通販や機械的なレジ販売では、同法による契約取消しは無いと考えられてきたのです(詐欺や錯誤にあたるケースは民法上の契約取消しや契約無効となりうる)。

サン・クロレラ事件とは

サン・クロレラ事件は、京都の適格消費者団体が、サン・クロレラ社に対してチラシ配布の差止めなどを求めた訴訟です。

サン・クロレラ社と実質的に同一主体とみられる「クロレラ研究会」が発行する折込チラシにおいて、医薬品と誤認させるような効能効果を謳っていることが、景品表示法上の不当表示(優良誤認)であり、また消費者契約法12条における「勧誘に際した不実告知」に該当すると消費者団体は主張していました。このチラシには、商品名は書かれておらず、原材料に関して疾病に効いたなどという体験談を掲載する方式がとられていました。

一審・京都地裁は、折込チラシの内容は、商品名は書かれていなくても、実質的にサン・クロレラ社の商品購入を誘導するものであるとして、景品表示法上の不当表示(優良誤認)に該当すると判断し、チラシの配布差止めを命じました。加えて、予防に必要な周知措置として、同社に対し、「当社が配布したチラシには景品表示法10条1号の優良誤認表示がありました。今後は、優良誤認表示を行わないようにいたします」という内容の周知広告を配布するように命じました(消費者契約法については特に判断なし)。

控訴審・大阪高裁は、一審判決後にサン・クロレラ社がチラシ配布を取りやめていることを理由に、景品表示法上の差止めや周知措置は命じませんでした。

さらに、消費者契約法上の差止めについては、従来の解説と同様に、チラシは不特定多数の消費者に向けられたものであるから、消費者契約法12条の「勧誘」に該当しないとして、やはり差止めを否定しました。

これに対し適格消費者団体が上告したのです。

最高裁判決の内容

最高裁は、「事業者による働きかけが不特定多数の消費者に向けられたものであったとしても、そのことから直ちにその働きかけが消費者契約法12条の『勧誘』に該当しないとすることはできない」として、従来の解説どおりの判断をした大阪高裁の判示を否定し、チラシが「勧誘」に該当する余地を認めました。

もっとも、サン・クロレラ社は今後も同様のチラシ配布に及ぶおそれはないとして、配布差止めや周知措置は命じないとしました。

デジタル広告への影響

最高裁が判断した「勧誘」は消費者契約法12条に関するものですが、同法12条が4条を引用していることから、同法4条における「勧誘」の解釈も同じとなると考えられます。

すなわち、デジタル広告、チラシ、パンフレットや店頭掲示において、不実記載や断定的判断、不利益事実の不記載があれば、インターネット通販やレジ販売のように個別消費者への商品説明をしていなくても、消費者契約法4条に基づく取消しを主張される可能性が出てきたのです。

また、一審・京都地裁が、商品名が書かれていなくても商品広告に該当するとした判断も見逃せません。

近年、特にデジタル広告においては、商品名をはっきりとは書かない広告手法があるようです。例えばある食品がカラダに及ぼす影響とか、営業成績や語学力を向上させる画期的な方法論、トレンドの投資方法の解説など、あくまで一般的な記事のような体裁をとりながら、リンク先で、具体的な健康食品や教材、投資商品などの商品を紹介しているものが散見されます。一般的な記事の体裁をとった広告を読んだユーザーを狙う「リターゲティング広告」で、具体的な商品の紹介をしていると思われるものもあります。京都地裁の判断を前提とすれば、このような商品名の書かれていない広告であっても、商品広告として、景品表示法が適用される可能性があります。

デジタル広告は、広告代理店などを通さず自社で運用ができ、そのためユーザーの反応を見ながら柔軟に記載を工夫できるというメリットがありますが、つい行き過ぎた表現を使ってしまいがちです。また、メーカーが作成した誤った表示を、チェックもせずにそのまま広告に掲載してしまうことも起こりがちです。

デジタル広告を利用するにあたっては、消費者に誤認を与えることのないよう、特に慎重に表現を検討する必要があるでしょう。

H29.09掲載

※掲載時点での法律を前提に、記事は作成されております。