中小企業の法律相談

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定型約款の管理(民法改正対応)

1.定型約款の新設

「約款」とは、大量の同種取引を迅速・効率的に行うために作成された定型的な取引条項で、例えば、鉄道・バスの運送約款、電気・ガスの供給約款、保険約款、インターネットサイトの利用規約など、多様な取引で広範に活用されています。

しかし、改正前の民法には約款に関する規定はなく、多くの顧客が約款に記載された個別の条項を認識していないにもかかわらず、なぜ個別の条項に拘束されるのかなど不明確で、また、どのような場合に相手方の承諾を得ることなく約款を変更できるのかも解釈に委ねられるなど、法的安定性を欠いていました。

そのため、改正民法では、一定の要件を満たした約款を「定型約款」と定義し、定型約款については、①相手方の一般の利益に適合する場合、または、②変更が契約の目的に反せず、かつ、変更の必要性、変更後の内容の相当性、定型約款の変更をすることがある旨の定めの有無及びその内容、その他の変更に係る事情に照らして合理的な場合には、一方的に定型約款を変更し、既存の契約の内容を変更することが可能であることが明確化されました(改正民法548条の4第1項)。

定型約款の管理(民法改正対応)

2.定型約款が契約内容となるための要件(改正民法548条の2)

  1. 定型約款の定義
     ①ある特定の者が「不特定多数の者」を相手方とする取引であって、②その「内容の全部又は一部が画一的であることが双方にとって合理的」なものが「定型取引」と定義され、③その定型取引において、契約の内容とすることを目的として準備された条項の総体が「定型約款」と定義されました。
  2. 定型約款による契約の成立
     そして、①定型約款を契約内容とする旨の「合意」があった場合、または、②取引に際して、定型約款を契約の内容とする旨をあらかじめ相手方に「表示」していた場合には、相手方が条項の内容を認識していなくても合意したものとみなされ、契約内容となることが明確化されました(組入要件)。ただし、相手方への表示が困難な取引類型(電車・バスの運送約款等)については、公表で足りる旨の特則が個別の業法に設けられています。
     また、「相手方の利益を一方的に害する契約条項であって信義則に反する内容」の条項(不当条項)については、契約内容にならないことも明確化されました。

3.定型約款の管理

  1. 定型約款に該当する約款等の洗い出し
    1. 前記2(1)の要件に照らし、既存の約款や定型的な契約書の条項が定型約款に該当するかを検討します。
       例えば、鉄道・バスの運送約款、電気・ガスの供給約款、保険約款、預金規程、インターネットサイトの利用規約などは、前記2(1)①~③のいずれの要件も満たしますので、定型約款に該当します。
       他方、従来「約款」と称されていた事業者間取引で用いられる契約書のひな形については、通常、事業者間取引が相手方の個性に着目してなされるものであり、また、双方の交渉によって条項が修正されることも多いため、基本的には、定型約款には該当しません。また、労働契約書のひな形についても、労働契約が労働者の個性に着目して締結されるものであり、また、画一的内容であることが労働者にとって利益となるものでもないため、定型約款には該当しません。このように、不特定多数の者との機械的な取引でない場合や、画一的な内容であることが一方にとってのみ合理的な場合には、定型約款に該当しないこととなります。
    2. 定型約款該当性が問題となるものとしては、銀行取引約定書やマンション一室の賃貸借契約書などが挙げられます。これらは、交渉による条項の修正可能性をどうみるかなどによって、結論が変わってきます。
       また、金額や契約期間など一部の条項が空欄になっており、記入して補充する場合や、特別の事情があって条項の一部だけを修正する場合がありますが、このような補充された条項や修正された条項は、定型約款には該当しませんので、それ以外の条項がなお重要であり、画一的であることが合理的といえるかなども考慮して、要件の充足性を検討することが必要です。
    3. なお、従来「約款」と称されていたものが「定型約款」に該当しない場合には、改正民法の意思表示や契約に関する一般的な規定が適用されることになります。
  2. 不当条項がないかのチェック
     例えば、ある商品の売買契約の約款中に、継続的な付属品の購入を想定外に義務付ける条項など不当条項がある場合、その条項は無効となります。
  3. 組入要件を充足させる
     例えば、申込書や契約書に「約款が適用されます」との合意文言を入れておく、あるいは、契約締結前に約款を交付したり、インターネットを介した取引であれば、契約締結までの画面に約款を表示したりすることが必要となります。
  4. 表示の準備(改正民法548条の3)
     相手方から請求があった場合、定型約款の内容を表示しなければいけません。もっとも、既に定型約款の交付等をしている場合は、改めて表示をする必要はありません。
  5. 後に定型約款を変更する場合(改正民法548条の4)
     変更が相手方の一般の利益に適合するかなど、前記1の変更の要件を満たすかを検討します。
     そして、変更する場合には、変更する旨、変更後の内容、効力発生時期をインターネットなどにより相手方に周知する必要があります。

4.改正民法の適用(経過措置)

2020年4月1日の改正民法の施行日より前に締結された契約についても、施行日後は、定型約款に関する規定が適用され、要件を満たせば、約款の一方的な変更も可能になります。

ただし、施行日前に相手方(解除権を行使して定型約款による契約関係から離脱できる者は除かれます)が反対の意思表示をした場合、その相手方に対しては、定型約款に関する規定が適用されなくなりますので注意が必要です。

R1.12.1掲載

※掲載時点での法律を前提に、記事は作成されております。