中小企業の法律相談

福岡の弁護士、近江法律事務所が提供している法律コラムです。

うつ病で働けなくなった従業員(その2)

はじめに

うつ病のため会社を休んでいる従業員をめぐる法律問題について、以前お話ししたことがありますが、参考とすべき判例が出ています(東京高裁判決平成23年2月23日)ので、これを素材にもう一度考えてみましょう。

うつ病で働けなくなった従業員(その2)

ケース

(昭和41年生まれの女性)は、平成2年4月、一部上場の総合電機メーカーのY社に入社、10年1月工場に勤務し始め、12年10月からある工程のリーダーとなりました。しかし、その年の12月に頭痛、不眠を訴えるようになり(神経科クリニックを受診)、5月23日には激しい頭痛に見舞われ6月1日まで欠勤、その後7月28日から8月6日まで休業日と有給休暇を利用して療養し、医師の助言により平成12年9月から療養生活に入り、13年4月うつ病の診断を受けました。Y社は、所定の欠勤期間を超えた平成15年1月10日に休職命令を出し、翌16年6月、復職に向けた対応をしましたが、から職場復帰は無理であると回答され、さらに説得を試みましたが、奏功しませんでした。

そこで、Y社は休職期間満了となる平成16年9月9日付けにてを解雇しました。

うつ病と業務起因性

A はY社にどのような請求をしたのですか?

B 解雇は無効であると主張しました。

A その理由は何ですか。

B 会社は、「業務上の疾病」にかかった労働者をその療養休業中解雇できません(労基法19条1項)。は、うつ病は仕事が原因だと主張したのです。

Xの請求~解雇無効

A うつ病に罹患したことが、仕事が原因といえるかが重大なポイントですね。そもそも「業務上の疾病」とはなんですか?

B 「業務上の疾病」とは、業務と相当因果関係にある疾病であり、当該疾病の発症につき当該業務に内在する危険が現実化したと認められる場合に相当因果関係があるものです。

A 何やら難しいですね。

B 人が受けるストレスは様々であり、業務に起因しないものを排除するために、「相当因果関係」の範囲内であることが必要なのです。

A 業務上のストレスは全て対象となるのですか?

B いいえ。労働者の担当業務に関連して精神障害を発病させるに足りるストレスが存在すること客観的に認められる必要があります。

A わかりました。しかし、同じストレスでも、労働者によっては、何ともない人もいるでしょうし、強いストレスを感じる人もいると思います。その判断基準はどうなるのですか?

B 平均的労働者が基準となりますが、本判決は、平均的労働者として通常想定される範囲内にある同種の労働者の労働集団の中の最も脆弱な者を基準とすべきであるとしました。

A 本件ではどうだったのですか?

B は、本件業務に就く前から慢性頭痛の診断を受けていましたが、特に精神疾患の既往歴はなく、ライン立ち上げのリーダーに選ばれるなど、平均的労働者のグループにいました。

A ただ、本件業務に就く前から抑鬱にも効く薬を2種類飲んでいたようですが、それでも、業務起因性が認められたのですか?

業務起因性の事実認定について

B そうです。判決は、にある程度の脆弱性があったことは否定できないし、神経症がうつ病の発症に何らかの影響を与えた可能性は否定できない、しかし、かといってこの神経症のみで本件うつ病に発展したと認める証拠もないとしました。その上で、家族にも精神疾患を発症した者はいないことや、本件業務よりも重い意味をもった本件うつ病を発症させる個体側の要因や、業務外の要因があったことを認める証拠もないことから、業務起因性を認めました。

A しかし、は、2年以上療養していますが、よくなっていません。一般にうつ病は6カ月から1年程度の治療で改善する例が多いと言われています。が良くなっていないということは、の病気は業務起因性がないということではないですか?

B この点も争いがありました。しかし、判決は、例外的な事例も否定されていないこと、発病後に適切な治療を受けたか否か、患者本人の治療意欲の程度、会社との

係争の中、裁判による新たな精神的付加がうつ病心性に結びついて症状の改善をみずに至っている可能性もあるとして、業務起因性を否定するものにはならない、と判断しました。

A 事実認定というのは難しいですね。

賃金請求

A 解雇が無効だとすると、Y社はに賃金を支払わなくてはなりませんね。

B そんなに単純ではありません。

A どういうことですか。

B は、Y社からの職場復帰の要請に対して、就労が困難であるとして職場に復帰しなかった、つまり、労務提供の能力も意思もなかった、したがってY社に賃金支払い義務はない、とY社は反論したのです。

A 判決はどうだったのですか?

B Y社には賃金支払義務があると判断しました。

A どのような理由からですか?

B が労務提供の意思がなかったとしてもそのような意思をもたなくなった原因はY社にあると判断し、には賃金請求権があると判断した(民法536条2項)のです。

賃金と過失相殺

A しかし、にも原因があるように思います。過失相殺により一部減額は認められないのですか?

B 認められません。労基法24条1項は、賃金の全額支払いを使用者に対し義務付けているからです。

傷病手当金・休業補償金との関係

A が、Y社の健康保険組合から傷病手当金を、労働基準監督署から休業補償金を受領している場合、Y社はこれらを控除した金額を支払えばいいのではないのですか?

B これらを控除することはできません。傷病手当金も休業補償金も、賃金を補填するものではないからです。ただ、は、健康保険組合あるいは労働金監督署との間で、別途清算する必要があります。

終わりに

そのほか、判決は、から体調不良を明示した訴えがなかったとしても、Y社は、から詳細を適切に聴取し、場合によっては産業医の意見を聴くなどしながら業務の軽減を図るべきであったとし、労働者に対する安全配慮義務違反があることを認め、損害賠償を命じました。

会社は、従業員の身体・精神状況を適切に把握し、対処する必要があります。

H24.5掲載

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